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* 第九話 * ~妙子の場合~ ①

老舗百貨店。


つばが浅めの黒い麦藁帽子。


手にはメッシュの短い手袋。


白と紺のコンビの爽やかなワンピースには金色の大きめのボタンが光る。


黒いエナメルのパンプスを履いた細くて長い脚がカツカツと音を立てて、進んでいく。


同じ格好をした女性たちが数名、一列に並んで颯爽と店舗内を歩いていき、一人、また一人と列を離れ、レトロで美しいエレベーターの脇に立っていく。


次々と1階に到着するエレベーターから、同じ格好をした女性が降りて、待機していた女性たちと入れ替わる。


「交代いたします」


「交代いたします」


そう、声を掛け合うと外に出た女性がエレベーターの中に向かって深々とおじぎをする。


「お待たせいたしました」


エレベーターの扉が閉まる。


大隈妙子は、ホッとした表情で顔を上げた。


世で言う、エレベーターガール。


妙子は、腰を軽くトントンと叩きながら、控え室へ下がっていった。


「あー、疲れたーっ」


控え室の扉を開けると思わず声に出た。


「妙子さん、お疲れ様ですー」


後輩たちが声を掛けてくる。


「今日、やばくない?店内、混み過ぎ」


「やっぱ催しが物産展系だとジジババ多いですよねー」


パンプスを脱いで畳にあがると、脚にスプレーをかけてリフレッシュさせる。


冷蔵庫を開けて、自分のペットボトルを取り出すと、ロッカーの前に座り込んだ。


15分の休憩中にやることは、とにかく化粧直しだ。


「あ、妙子さん」


「ああ、杏子ちゃん、おつー」


後輩の杏子が、やっと見つけたという風に妙子の隣に座り込んだ。


「来週、六本木で広告代理店主催のパーティーがあるんですけど、いっぱい女の子呼んで欲しいらしくって。妙子さんも行きませんか?」


お疲れの妙子の瞳に生気がやどった。


「広告代理店って?」


「電報堂です」


「オッケ、行く行く!いつー?」


妙子の趣味は合コンと言ってもいいくらいに、こういう話は大好物だ。


まして、相手が大手の広告代理店とあらば、断る理由はない。


何を隠そう、妙子の座右の銘は【愛は金なり】である。


ふと左腕のロレックスに目を落とす。


そろそろ店内に出る時間だ。


「おっと」


妙子は慌てて、グロスを塗ると、立ち上がった。


鏡を見ながら、帽子を整えると、気合が入った。


エレベーターにあと一回乗れば閉店時間。


杏子のオイシイ誘いに残りの時間も頑張れそうな気がした。

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* 第九話 * ~妙子の場合~ ②

今週から8月に入った。


そういえば、ノストラダムスの大予言とは一体何だったのだろう。


1999年の今年、予言にあった7の月もいつのまにか過ぎていた。


 ―― 神様、お陰で、こんな素敵なパーティーに出席できますっ。


妙子は、いそいそと鼻歌交じりに電報堂主催のパーティーに行く準備をしていた。


真夏の装いには、いつもより気を遣う。


大好きなEPOCAのドレスをチョイスする。


服を汗で汚すなんて耐えられない。


妙子は、今日のシフトをわざわざ休暇にしていた。


時間的には仕事終わりでも間に合ったが、一日中エレベーターに乗った後、ヘトヘトなコンディションで臨むのは絶対に避けたかったからだ。


それだけ、今回のパーティーには気合が入っていた。


普段の合コンなんかとは一味違う。


一流企業の男性陣が勢ぞろいしている場所に参加できるなんて、後輩の人脈も然ることながら、やっぱり有名百貨店のエレベーターガールという職業サマサマだと妙子は思う。


だから、この仕事は辞められない。






妙子は、夕方、涼しくなってから、日比谷線に乗った。


六本木七丁目にある一軒家風の会場にゆっくり歩いて向かう。


携帯電話で連絡をとると、同僚たちはもう会場についているようだ。


大きなパーティーということもあって、同僚ほとんどが参加することになっている。


 ―― みんなには負けられないわ。


会場に着くと、それぞれ勝負服の同僚たちが勢ぞろいしていた。


 ―― へへ、私のが一番かわいいじゃん。


妙子は満足げに裾をヒラリと揺らした。


中に入ると、薄暗い照明の中、バーカウンターの上には、キラキラとグラスが輝いていた。


結構、広い。


ビュッフェ形式だが、テーブルはあるようだ。


ビシッとスーツで決めた男性たちが目に入る。


既にそれぞれ数名ずつ席が埋まっているテーブルもあった。


「妙子」


呼ばれて振り向いた。


「あ、潤奈。間に合ったね」


電話交換係で同期の潤奈が仕事を終えて、到着した。


「すっごいね、誘ってくれてありがとう」


「ううん。ってか、MOGA?このワンピ超可愛い」


さりげなく潤奈のファッションチェックをする。


「でしょ。軽く気合入れてみた」


妙子と潤奈はバーからシャンパンをとると、まだ誰も座っていないテーブルについた。


見回すと先輩も後輩もそれぞれ散らばっていた。


このパーティーに誘ってくれた後輩の杏子は、この主催者と知り合いらしく、その人のグループと会話をしていた。


 ―― ってことは、あそこのテーブル近辺が主に電報堂か。


妙子はテーブルを順に見定めた。


急に周りがガヤガヤっと賑やかになり、数名の男性が妙子たちのテーブルに来た。


「おっつかれさんでーす」


「ここ、座らせてー」


20代後半か30代前半だろうか。


色味のシャツと派手なネクタイでキメた男たちが次々と座った。


明るく清潔感はあったので、まあいいかと、妙子はとびきりの笑顔をつくった。


「どうぞー」



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* 第九話 * ~妙子の場合~ ③

ガヤガヤと妙子たちのテーブルにやってきた男性たちは、みな電報堂の関係者ではなかった。




旅行代理店、中小広告代理店、保険会社、某球団の親会社など、名前を聞けば、まあ知らないことはなかったが。




実は、この会社バラバラの皆さん方は、全員出身大学が同じであった。




つまり、電報堂のどなたかが人数集めに、母校から人をかき集めたというわけだ。




彼らは、有名私立大の元野球部OB達。




あの六大学野球に参加できていた大学である。




ひとりは名前も聞いたことがなかったが、一応元野球選手でもあった。




聞くと、超大物名物監督とウマが合わず、一線を退いて、運営側に回ったらしい。




妙子が期待していたメンツとはちょっとかけ離れていたが、隣の潤奈が彼らのそんな体育会系裏話を聞いて楽しそうにしていたので、まあいいかと妥協していた。




もう少しスマートな雰囲気の人だったら万々歳だったのにと思いつつ、実際、同じ釜の飯を食らってきた連中の会話は笑いという面ではとても楽しかった。




ちらりと他のテーブルを伺うと、杏子をはじめ、同僚たちはカクテルに頬を染めながら、それなりに健闘している様子だった。




 ―― 恋を求めるには、このテーブル、失敗だったなあ。




妙子がそんなことを考えていたら、突然目の前が暗くなった。




「お・ま・た」




「おー、久保、やっと来たか!」




どっと周りが沸く。




妙子は、久保と呼ばれた男性に後ろからいきなり目隠しをされていた。




急に周りが見えなくなって、何がなんだか分からず、足をバタバタさせると、ようやく久保の手が離れ、そのまま妙子の隣にどっかりと腰をおろした。




「お、当たりじゃん」




久保が不躾に妙子の鼻の先を人差し指で指した。




「かわいい、かわいい」




久保は満足げに頷き、ニッカリと笑った。




 ―― な、 何、この人!?




妙子は驚いて声も出せなかった。




周りから声があがる。




「妙ちゃん、そいつ、俺らの後輩で久保っての」




「そ。よろしくどうぞー」




軽いノリで、久保は妙子に名刺を差し出した。




目を落とすと、“ディレクター:久保 武彦”とある。




テレビの子会社でも制作会社でもなく、れっきとした某テレビ局の名刺であった。




肩書きは“ディレクター”。




 ―― へえ、こんな若そうなのに、なかなかの肩書き持ってんじゃん。




妙子は少し感心はしたが、あまり食指は動かなかった。




それもそのはず、いでたちはTシャツ。




妙子より、せいぜい2、3歳上だろうっていうのに、腹出過ぎ。




しかも、慣れる慣れない以前から、「なんでやねん」と容赦ないツッコミが飛んでくる。




久保がやってきてから、まだ妙子のスプモーニはほとんど減っていないのに、既に五回も頭をはたかれて、不快感だけは最高潮だった。




 ―― 信じられない。なんなの、この失礼な男。




あんまりにもムカついたので、妙子は料理を取りに行くフリをして席を立つと、二度とさっきのテーブルには戻らなかった。




潤奈が慌てて妙子に駆け寄ってきたが、気にしないでと追い返した。




「大丈夫、潤奈は楽しそうだから、あのままいなよ。私は、あの人ちょっと無理だから」




その後、杏子のいるテーブルや他のテーブルに抜かりなく顔を出し、大手企業の名刺をゲットし、ほくほくしているうちにパーティーはお開きになった。






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* 第九話 * ~妙子の場合~ ④

お開きになって、出口へ人の流れができる。


始まったばかりは知らない男女だった大勢の人たちが、今は楽しそうに、名残惜しそうに、言葉を交わしている。


何人かの人に二次会に誘われたが、妙子はそれを断り、そのまま帰途につくことにした。


明日も休暇をとっている妙子は、参加できないこともなかったが、今夜はもう充分だろう。


潤奈や杏子は、それぞれ自分がいたテーブルの皆さん方と別の店に流れるようだ。


玄関前で何人かとどさくさに写真を撮ったりしたあと、あまり目立たないように、妙子は六本木駅へと向かった。


盛夏の夜はムッした熱気に包まれ、じっとしていても汗が出る。


ネオンや嬌声が相まって、異国のような街と化していた。


そんな雰囲気から抜け出したくて、行きとは違い、さっさと涼しい場所へ入ろうとスタスタと早足で歩いていた。


「おい、待てよ」


後ろから男性の声がする。


妙子は自分に言われているとは思いもしなかったので、そのまま早足を緩めなかった。


「待てって」


急に道を抜かされバッと行く手を塞がれた。


「きゃ」


ぶつかりそうになって止まると、久保であった。


「もう帰るの?」


「はい、家が遠いので」


妙子はそっけなく答えた。


久保は妙子に並んで歩き出す。


振り切りたかったが、ミュールではそうそう早くは歩けない。


「明日、会えないかな」


久保の唐突な言葉に思わず妙子の足が止まった。


「はい?」


素っ頓狂な声を出してしまった。


が、再び、地下鉄駅の階段を下り始めた。


「俺、明日の午後休みなんだ。会社の休みなかなか取れないんだ。明日しかないから。妙ちゃんは仕事?」


久保は必死に食い下がってくる。


「いやぁ、休みですけど…。一応、予定あるし」


「そんなの、いいよ。俺と会おう。夕方、表参道まで出るから」


「急に困りますって」


妙子は心底迷惑に思った。


そもそも、そんなラフな格好で、小デブで、粗野で、自分勝手な男と二人きりでなんて会いたくない。


妙子は黙って、切符を買った。


「ね。さっきの名刺に書いてある携帯に電話してくれればいいから。俺、ホント、明日しかないんだ」


懇願に近い久保の言い方に、少し憐れになった妙子はわざと大袈裟に溜息をついてから答えた。


「わかりました。じゃあ、明日の予定はキャンセルします。表参道のどの辺に行けばいいですか?」


「青山通りとの交差点。富士銀行の前に17時で」


久保はニッカリと笑った。


妙子は改札を抜けた。


向こう側にいる久保に営業スマイルを返し、バイバイと軽く手を振った。


 ―― あー、めんどくさい!!!


明日になって電話で断ればいいかと軽い気持ちで受けてしまったが、心は既に萎えていた。


すぐにホームに滑り込んできた日比谷線に乗り込んだ。


 ―― なんだって、あんなに気に入られちゃったんだろう…?


汗と埃と酒で臭い電車内にも滅入る。


妙子の全身にどっと疲れが押し寄せてきた。



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* 第九話 * ~妙子の場合~ ⑤

翌日。


昼前に起床した妙子は、えもいわれぬ憂鬱感にとらわれていた。


ベッドの上に転がりながら、昨夜もらった久保の名刺を眺める。


「はぁ…」


出るのは溜息ばかりだった。


まったくタイプではない男、久保。


二人きりで会うなんて大丈夫だろうか。


昨夜のあの調子でパカパカと頭をはたかれるのかと思うとゾッとした。


 ―― プライドは高そうだったからなぁ。断って、恨みを買うのも嫌だし。


いろいろ断る口実を考えてはみたが、なかなか良い案は思いつかなかった。


「行くしかない…か」


脚から大きく反動をつけて、一気に上半身を起こした。


 ―― とりあえず、お金はありそうだし。私にどれだけ使ってくれるのか見てみよう。



 *

 


夕方、17時をまわっていた。


妙子は、とっくに表参道の富士銀行の前に到着していたが、久保の姿はなかった。


着いた時点で久保の携帯電話に数回かけていたが、呼び出し音が鳴るばかり。


妙子は当然おかんむりである。


とりあえず、もう一度電話をかけてみる。


 ―― これで出なかったら、帰るっ!


「もしもし、妙ちゃん?」


やっと久保の声が受話器の向こうに響いた。


「あの、もういるんですけど」


腹立たしさがどうしても声に出てしまう。


「ごめん、もう着く。ちょっと仕事が時間通りに終わらなかったのよ」


「暑いし、もう帰りたいんですけど、いいですよね」


「ちょちょちょ、待ってって。もう交差点に差し掛かるから」


思わず、え?と顔をあげる。


「車で来てんのよ。シルバーのレグナム、わかる?あ、俺、妙ちゃん見つけた」


「レグナム…ですか?」


車種を言われたところで、皆目見当がつかない。


「今、信号で止まってるから」


ピンクのシャツの久保が、妙子の目に入った。


「あ…。わかりました、今、そこ行きます」


電話を切って、慌てて信号待ちで停まっていたレグナムに駆け寄った。


久保は運転席から身体をのばして、助手席のドアを押し開けてくれた。


「乗って、早く」


妙子が身体を車内に滑り込ませた途端、信号が青になった。


「おー、セーフ。ごめんね、遅くなって」


怒っていたはずの妙子だったが、なんだか今のドタバタですっかりどうでもよくなっていた。


「ふーん、今日は随分ラフな格好なんだね」


久保に指摘されて、妙子はシマッタ!と思った。


張り切って会いに来たと思われたくなくて、ちょっと襟ぐりの開いたカットソーとデニムで、サンダルをつっかけてきたような…「あえての」ご近所ファッションで来たのだ。


「お休みですからね」


TPOの分からない女だと思われただろうか…。


「お腹すかせてきた?」


久保は昨日と少し違う優しいトーンで、真剣にハンドルを握っていた。


「代官山にね、この間取材に行ったレストランがあるんだ」


「取材?」


「そう、俺ね、今、情報バラエティの担当だからさ。多いのよ、お店の取材とか」


気軽に入れるお店だったらいいが、やっぱりデートらしいフェミニンな装いをしてくるべきだったかと、妙子は心底後悔していた。


「取材の時に感じ良かった店はね、プライベートでも必ず行くんだ。御礼も兼ねて…」


 ―― 意外と真面目な人なのかしら。


到着したお店は、カジュアルなダイニングバーといった風情だった。


まあ、友達と来たと思えば、この格好でもセーフであろう。


少し外観も内装もお洒落過ぎて、気後れしたが、内心「なかなかやるじゃん」と思っていた。


久保は店長に軽く挨拶をすると、オススメのメニューを一通り頼んだ。


「ダメなものあった?」


「いえ、大丈夫です」


かなりリードするタイプらしいと感じた。


妙子は、いつのまにか久保のペースにハマっていた。


久保は自分ばっかり話をしていたが、喋っている内容は面白くて、聞いているだけの妙子も飽きはしなかった。


選んでくれた料理もお酒も美味しかったし、一緒にいて楽しいなと素直に思った。


小さなテーブルを囲んで、向かい合う妙子と久保。


こうしてまじまじと見ると、体型はともかく、意外と顔は凛々しい。


テーブルの下では、二人の膝頭と膝頭がずっと触れ合っていた。


膝から久保の温もりが全身に伝わってきて、妙子はドキドキしていた。


 ―― 酔った…かな。


「ちょっとゴメンナサイ…」


妙子はお手洗いに立った。


鏡の前で化粧直しをしながら考えた。


昨夜のあれはなんだったのだろう。


あんなに印象最悪だったのに。


逆に、昨夜は妙子を気に入ってくれた久保だが、今夜は気に入ってくれないかもしれない。


漠然とそんな不安さえ感じる変化に、妙子自身が驚いていた。


ホールに出ると、久保はカウンターの中の店長と話をしていた。


戻ってきた妙子に気付いた久保は、「また来ます」と会釈した。


「じゃ、妙ちゃん、行こうか」


久保が出入り口の扉を押す。


外に出てから、妙子は鞄の中の財布を探りながら聞いた。


「あの…、お支払いは…?」


野暮だった。


「済ましたよ。心配しないで」


 ―― いつのまに…。


「あの…、ごちそうさまです」


「うん」


久保はニッカリと笑って、スタスタと車に向かった。


 ―― スマート!!!


妙子は、少し感動していた。


そりゃ、会計は男に払ってもらうのが一番である。


払ってくれる男は沢山いるが、「次に出してくれればいいよ」だの、何か一言つくのが常だ。


それが、支払いの姿すら見せないなんて。


割り勘だなんて論外という考えの妙子にとって、恩着せがましくない久保のご馳走する態度はとても新鮮だった。


妙子はスキップまじりに久保の後を追った。

 


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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