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* 第十三話 * ~ななの場合~ ①

渡辺なな、中学三年生。


昨日から夏休みに入った。


今日から早々に、家庭教師がつく。


ななは、これまで一度も塾に通ったことはない。


学校の授業だけでも、充分理解出来ている。


塾は帰りが遅くなるし、違う学校の知らない生徒とも関わりが出来るから、親は心配なのだ。


ピアノも習っているが、それへも親が車で送迎してくれる。


別に家が裕福なお嬢様という訳ではない。


単に過保護なだけだ。


ここにきて高校受験に向けて大事な時期を迎え、流石に親も考えたようで、塾ではなく家庭教師という方法を選んだ。


ただそれだけのことだ。


ななは、勉強が出来ないわけじゃないが、好きではないので、この決定は正直歓迎していない。


先生は、この春大学生になったばかりの人だそうだ。


一応、有名私大に現役で入った人ではあるらしいが、一体どんな先生が来るのだろう。


優しいキレイなお姉さんだろうか。


それともSMAPの森くんみたいなカッコいいお兄さんだろうか。


ななは、本来の目的そっちのけで、期待に胸を膨らませた。


チラリと壁の時計を見上げると、17時なろうとしていた。


これから週2回、17時から19時までの二時間が、ななの家庭学習の時間となる。







♪ピンポーン


ななは、部屋でドキリと身を縮ませた。


階下から、母の声が聞こえる。


「あ、芳野先生ね、いらっしゃいませ。ななー、なな、降りていらっしゃい」


ななは、ひとつ深呼吸をして、部屋を出た。


階段を降りていくと、玄関ホールに青いチェックの半そでシャツにチノパン、リュックを背負った若い男性の後姿が見えた。


 ―― オタク?


ななが一階に降り立つと、ちょうど靴を脱ぎ終わった先生が振り向いた。


「あ…」


一瞬、驚いた声を漏らした先生が、ななに向かって会釈した。


「芳野浩太です。ななさん、今日からよろしくお願いします」


「はいはい、ここ狭いから、奥へどうぞ」


母が、リビングへ芳野先生を案内した。


やたら分厚い眼鏡に長めの髪の芳野先生は、ななにはちょっと気持ち悪く見えた。


「じゃね、今日からこのリビング使って、お勉強してちょうだい」


母が言った。


リビングには、勉強用に小さなテーブルが置かれていて、座椅子が用意されていた。


 ―― 良かった。こんなキショい人、部屋入れたくないもんね。


ななは、少しホッとした。


芳野先生は、居心地が悪そうに床に膝をついた。


「渡辺なな。志望校は、M高校なんだけど、ちょっと偏差値足りないんだって」


ななが、早口でそう言うと、芳野先生は中指でせわしなく眼鏡をあげる素振りをした。


「そう、じゃ、今日はどのへんの勉強が苦手なのかとか、そういうの全体的に教えてください。次までに対策を立ててきますから」


「うん、わかった。じゃ、教科書持ってくるね」


ななは、そう言って、また階段を昇っていった。


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* 第十三話 * ~ななの場合~ ②

芳野先生が、ななの家庭教師になって3週間が過ぎた。


残暑厳しい、8月も半ば。


もう日も暮れ始めているというのに、外では蝉がうるさく鳴いている。






芳野先生は、最初の印象とは違って、意外とよく喋る人物だった。


授業もそこそこ分かりやすく、苦手なところの対策もしっかり立ててくれる。


服もきちんとアイロンがかかったような清潔なものを着用しているし、夏真っ盛りだというのに汗臭くもなかったので、隣に座るのにも嫌な感情はなかった。


ななは、最初に思っていたより話しやすい芳野先生にどんどん慣れていった。


一番の楽しみは、芳野先生が描いている少女漫画を読むことだった。


芳野先生の夢は漫画家になることなんだそうだ。


それが分かってから、毎回、今まで描いた作品を持ってきて、貸してくれる。


そして、ななに感想を求めたり、このシーンの場合の女の子の心情はどうかとかアドバイスを求めてくる。


ななは、それが楽しくてしょうがなかった。


芳野先生もななのちょっと毒の入った感想に一喜一憂しながら、とても楽しんでいるようだった。


「さ、そろそろ休憩でしょ?どうぞ」


母が、冷たいレモンティーを持ってきた。


数学の難問に頭を抱えていたななの表情がパッと明るくなった。


「先生、今日は終わったら、お夕食一緒にいかが?」


夕飯の下ごしらえ中の母が、ダイニングの方から声を掛ける。


「あ、いえ、それは…」


「そうだよ。いつもすぐ帰っちゃうじゃん。これからは食べてから帰りなよ」


ななも母と一緒になって、芳野先生に食事を勧めた。


「うふふ、お部屋で彼女でも待ってらっしゃるのかしら?」


母が冗談を言うと、芳野先生は顔を真っ赤にして否定した。


「いやいやいや、そんなことはないですがっ」


「じゃあ、今日は食べてって。決まり!」


ななは、はしゃいだ。


「んー、じゃあ、お言葉に甘えて…。なんか、あんまり居心地がいいもんだから、入り浸っちゃいそうで、怖いんですよぉ」


芳野先生は、分厚い眼鏡を指であげながら、承諾した。


「わー、嬉しいな」


「はいはい、じゃあ、数学の続きやるよ」


「ほーい」


ななは、すっかり芳野先生に懐いていた。



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* 第十三話 * ~ななの場合~ ③

家庭教師がある日は授業が終わったあとに、家族みんなと芳野先生とで夕食を食べて終了という流れが出来上がり、すっかり家族ぐるみの付き合いに発展していた。


父も母も芳野先生にとても好感を抱いている。


一人っ子のななもお兄さんが出来たようで、とても喜んでいる。


2学期が始まって、学力テストや中間テストでなかなかの点数を取れるようになった。


ランキングを一気に上げたななに友人たちも学校の先生もとても驚いていた。


この調子で、期末も、最期の砦である受験も乗り越えられれば、芳野先生サマサマである。


もともとのななの頭脳もあるが、芳野先生の教え方はとても分かりやすい。


漫画家じゃなくて、教師になればいいのにと思うほどだ。


だけど、芳野先生の漫画の腕も相当なもので、ななはいつも感心していた。


それなのに、出版社に持ち込みをしたり、各種コンクールにも応募している結果はあんまり芳しいものではないらしい。


ななは芳野先生の描く物語や絵柄が大好きなのに、その道のプロというのは、やはり難しいものなんだそうだ。


リビングのソファに寝転がっていたななは、ふと時計を見て、17時を回っていることに気付いた。


「おかあさーん、今日、先生遅いねえ」


洗濯物を畳んでいた母が顔を上げた。


「あら、ホントねえ。どうしたのかしら」


「電話してみたらー?」


「ええ?もう家は出てるでしょうよ」


母は、畳んだ洗濯物を抱えて、二階へ上がっていった。


ななは、そわそわして、玄関へ出てみた。


家の前の道に出て、いつもやってくる方向を見てみるが、気配はない。


「はは、何、待ち遠しく思っちゃってんだか」


妙に照れくさくなって家の中に戻った。


勉強時間が少なくなってツイてるな程度に思おうと、もう一度ソファに寝そべった。


が、時計の進みが気になって仕方がない。


気を紛らわす為に、借りていた吉野先生の漫画の原稿をペラペラとめくった。


「うーん、やっぱスゴイ」


 TREEE,TREEE…


「あ、先生かな」


ななは飛び起きて、受話器を取った。


「はい、渡辺です」


電話の主は、やはり芳野先生だった。


気のせいか、声が緊迫している。


「すまん。ちょっと今日は行かれそうにないんだ」


「どうしたのー?」


「うん…、ちょっとトラブって…」


受話器の向こうに、声が聞こえた。


何か、喚いている。


 ― 泣き叫んでいる?


女性の声だった。


「先生、彼女と喧嘩したんじゃないの?」


ななが少し冷たい声で尋ねる。


「いやいやいや、あー、とにかく、ごめん、今日は無理なんだ。ご両親には改めてお詫びします」


そう言ってガチャっと電話は切れた。


ななは、ムっとした。


「おかあさーん、今日、先生来られないってー」


二階に向かって、そう大声を出すと、怒りのせいか語尾が涙声になった。


「?」


なんだか喉が締め付けられるようだ。


芳野先生が来られないだけなのに。


勉強しないで済んでラッキーなはずなのに。




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* 第十三話 * ~ななの場合~ ④

「先日は申し訳ありませんでした」


芳野先生は来るなり玄関先で深々と頭を下げた。


母が慌ててとりなす。


「いいのよ、人にはいろんな都合があるものなんだから。どうぞ、お上がりください」


そういいながら、スリッパを差し出した。


ななは、わざと膨れっ面で迎えたが、内心はなんだか泣きそうだった。


用意されたいつもの座椅子に膝を付けると、芳野先生は小脇に抱えていた書類用のホルダーからA4サイズの封筒を取り出した。


「ななちゃん、これ」


渡されたななは促されるままに封を開けた。


「え、何これ」


取り出したのはカラー原稿だった。


ななの中学の制服を着た少女が繊細なタッチで描かれている。


「これ、もしかして…」


芳野先生は、せわしなく眼鏡を指で上げながら、大きく頷いた。


「私…?」


「そう、あんまり似てはいないけど」


とても可愛くて、素敵な色使いの優しいイラストだった。


「ななちゃん、先週、誕生日だったでしょ」


芳野先生が照れ臭そうに笑った。


驚きのあまり、一瞬声が出なくなる。


「こんな気色悪いプレゼントしか思いつかなくて悪いけどさ」


そう言って、自嘲した。


ななは、ふるふると顔を横に振った。


「…ううん、すごいよ。感動…した」


やっとの思いでそう言うと原稿を持って立ち上がった。


「見て!おかあさん、これ、先生が私を描いてくれたのっ」


覗き込んだ母が目を丸くする。


「まあ、あらあら、素敵じゃないの」


「先生っ!私、これ宝物にする」


「額に入れなくちゃだわね」


バタバタと駆け回って喜ぶ親子を芳野先生はホッとした表情で眺めていた。


実は先日、女友達にこの作品を見せたところ、ロリコンだの変態だの散々罵られたのだ。


芳野先生に思いを寄せていたその彼女は、嫉妬に狂い、原稿を破こうとする暴挙に出た。


その騒動の為に、彼の一日のバイト代はふいになったのだった。


「喜んでもらえて嬉しいよ」


芳野先生は、複雑な思いを笑顔の裏に閉じ込めた。


確かに。


女友達が嫉妬するほどに、このイラストには思い入れがあった。


妹のように可愛いなな。


隣にいるだけで抱き締めたくなるなな。


それを恋愛感情だと認めてはいけない。


ななは15歳になったばかりだし、それ以前に生徒である。


この絵を描きながら、勃起していたことは知られてはならないことなのだ。


そんな葛藤を、絵を一目見ただけの女友達に見抜かれてしまったのだから、油断ならない。


なんとしても内に秘めねばならない。


それなのに、このイラストをななに渡したのは、やはり気付いてほしいという煩悩が消せなかったからだ。


果たして、ななには伝わったのだろうか。



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* 第十三話 * ~ななの場合~ ⑤

別の日。


部活が終わって、校門を出たななは曲がり角の向こうに芳野先生を見掛けた気がした。


友達とすぐ別れると、駆け足で芳野先生らしき人物が消えた方向に急ぐ。


角を曲がるとやはり遠くに似た後ろ姿を発見した。


相変わらずのカッチリした服装と背負ったリュックを見て、間違いないと確信した。


今日はななの授業はない。


普段からこの街によくいるのだろうか。


ななは嬉しくなって、後を追った。


追い付くと、ななは芳野先生の前に回り込んで声を掛けた。


「せーんせっ」


「うわっ」


仰け反るほどに驚愕した様子の先生に大受けするなな。


「先生、何やってんの?」


「ななちゃん…、いや、えっと、ちょっ…と向こうの古本屋に寄ってたんだ」


しどろもどろになっている芳野先生にななは思い切って言ってみた。


「駅前のマックで少し話さない?勉強抜きで」


「いやいやいや、もう帰る時間だろ?」


晩秋の今は、もう日が暮れかかっている。


腕時計を見ながら渋る先生の手を取ると、ななは思い切り引っ張る。


「大丈夫だよ。行こ」


時刻はもう六時を回っていたので、家が厳しいななを気遣って芳野先生は電話を入れようと提案した。


「いいってば。テレカ勿体ないよ」


二人は駅前のファーストフード店に入った。


普段、リビングで勉強している時は、必ず母が近くのダイニングキッチンにいるので、込み入った話をしたことがなかった。


ななは、なんだか新鮮で、芳野先生のいろんな事を根掘り葉掘り聞いた。


「彼女はいるのー?」


「うーん、大学でいつも一緒にいる女友達はいるけど、彼女じゃないなぁ」


ずり落ちてきてもいないのに何度も眼鏡を押し上げる芳野先生が可笑しくて、ななはカラカイ半分で茶化した。


「絵を描く時はさ、やっぱり理想の女の子を想像したりして創作するんでしょ」


「え、いやっ…」


今まで以上に動揺した様子に、今度はななが戸惑った。


誕生日に貰ったイラストを思い出す。


なんだか、男の人の性を目の当たりに感じた気がしたのだ。


 ― 先生は、私のこと、好きなのかな?


自意識過剰かもしれない。


だけど、それなら嬉しいと思う。


「先生、私が大人になったら結婚してくれる?」


「はは…、いつの話だよ。その発想がまだ中学生だな」


「だって、来年の今頃はもう16歳だよ?結婚出来ちゃう歳でしょ?」


芳野先生は黙って、残りのコーヒーをすすった。


「そうだね。いい女になってたらね」


「あー、流したなー」


ななは、頬を膨らませた。


「はいはい、結婚、します、します」


芳野先生はトレーを持って立ち上がると言った。


「さ、もう帰らないと」


店を出ると、日はすっかり落ちていた。


先生は、ななの家の方向へ向かって歩き出した。


「あ、いいよ。一人で帰れるから」


「ダメ、家の前までは送ってく」


二人はまるで恋人同士のように、家路を歩いた。


ななは、男の人と並んで、こんなに長い距離を歩くのは初めてで、なんだかドキドキした。




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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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