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* 第十九話 * ~達矢の場合~ ①

「ネタ…、ネタ…」


深夜。


真っ暗なアパートの一部屋。


柴田達矢は、パソコンの液晶画面の光に顔を照らされながら、「ネタ…」と呟いている。


マウスを握りしめる右手。


顔は、画面スレスレにまで寄っている。


2chのスレッドを各板隅々まで読み漁るが、達矢の琴線に触れるものはなかった。


「うおー、去年の今頃は、電車男で盛り上がってたのになあ…」


両手で顔面を覆うと、後ろに仰け反った。


小劇団の作・演出家の達矢は、かなりのスランプに陥っていた。


その電車男も映画化され、初夏には放映されるらしい。


舞台化の話も耳に入って来ていた。


「やられたよなー…」


仰け反ったまま、後ろの壁掛け時計に焦点を合わせる。


「8時半…?ちげえ、3時だ」


今日の午後の劇団の稽古時間までに、脚本をあげなければと思っていたが、無理そうだ。


プロットすら出来上がっていなかった。


今回は、誰かのエチュードから話を発展させるか、と諦めモードになる。


達矢が、こうもネタ切れになった理由は、一人の劇団員の裏切りに原因があった。


自分が思った以上に、メンタル面にダメージが来た。


 ―― 裏切り…?


暗闇を歩いて、冷蔵庫を開ける。


中に一本だけあった発泡酒を取り出した。


 ―― 自業自得だろう。


プルトップを開け、達矢は自嘲する。


冷えた発泡酒を勢い良く喉に流し込んだ。


一人の劇団員。


「っあー、…んめ」


それは、入団の頃から達矢が可愛がってきた女優だった。



叱咤激励!


* 第十九話 * ~達矢の場合~ ②

彼女とは、達矢の劇団に所属する役者が客演した他の劇団の打ち上げで出会った。


千秋楽の後、「柴田さんも是非」と誘われ、出演した役者と共に飲み会に参加した。


ひたすらお酌をして回っている若い女の子に目が行った。


漆黒の長い髪が印象的な美女だった。


「あの子は、ここの女優さん?」


そこの劇団の主宰者に尋ねた。


「ああ、新人募集で来た子なんだけど、芝居が下手でね~。でも演劇に関わりたいって言うからさ、とりあえずいてもらってんの」


「舞台に出す気はないんですか?」


見る限り、相当の美貌を持っていると思った。


ただ、少し暗い影がある。


耽美な印象ではあった。


「うーん。下手でも爆発的に下手だったらいいんだけどさ。笑えねえのよ。今のところ、出しようもないんだよねぇ」


「へえ」


「ああキレイなだけじゃ、お人形さんの役しかねえな」


確かに、お笑い系のそこの劇団のカラーにはそぐわない気はした。


「制作側に行ってくれれば助かるんだけど、そういう気はないっていうし。ちょっと扱い辛くて…」


主宰が、少しこぼした。


「…柴田さん、預かってくれないか?」


「え?」


達矢は、少し悩んだ。


ただ、この飲み会の場にいる人物の中で、唯一目に留まったという自分の勘を信じた。


「…面白いか」


達矢は呟く。


「じゃ、ちょっと借りていいですか?」


「いいよ、いいよ。ってか、移籍させてくれ。僕には、あの子の望む様な役をつけてやれないから」


彼女が、達矢と主宰の元にお酌にやってきた。


いい香りが、達矢の鼻腔をくすぐった。


「ねえ、君、柴田さんとこの劇団に見学行ってみないか?」


黒くて長い睫毛が音を立てそうなほど、瞬いた。


「お芝居…、出来るんですか?」


「まあ、テスト次第でね。どう?」


彼女は、瓶ビールをテーブルに置くと、居住まいを正した。


「はい、水城桜子といいます。よろしくお願いします」


桜子は、達矢に深々と礼をした。



叱咤激励!


* 第十九話 * ~達矢の場合~ ③

数日後、達矢は水城桜子を稽古場に呼んだ。


現れた桜子は、首に使い古した白いタオルを引っ掛け、こちらが一瞬引く程にダサいエンジ色のジャージを着ていた。


長い黒髪をひっつめ、頭上におだんごに結い上げている。


ただ、顔だけは異常に美しかった。


先日と打って変わって、スッピンなのにそれを感じさせない程、透明感のある白い素肌。


マスカラもつけてないのに長く豊かな睫毛と大きな瞳は、とても印象的だった。


達矢は、正直、見惚れた。


コホンっと一つ咳払いをすると、稽古場の劇団員に向かって、話した。


「今日から入団した水城桜子さん。とりあえず、練習生として扱うから。みんな、よろしく頼むよ」


あちらこちらから返事が聞こえる。


気のせいか、男性陣の声が弾んで聞こえた。


「じゃあ、基礎練習からだから。ひとっ走り、みんなと、行って来て」


達矢は、劇団員にランニングを指示した。


みんなが出口へ向かう中、看板女優の堀川橙子が、達矢に耳打ちしてきた。


「どっから引っ張ってきたのよ、あの子」


「ああ、あいつがこの前に客演したとこにいた新人だよ。そこの主宰に押し付けられたんだ」


「へーえ…」


橙子は意味ありげに達矢を見てニヤリと笑った。


「気をつけなさいよ?」


そう言って、外に出て行った。


「どういう意味だよ」


達矢は首をかしげながら、鞄からノートパソコンを取り出すと、電源を入れた。


さっきから、ありえないくらいに創作意欲が湧いているのだ。


身体の芯の辺りからフツフツとアイディアが湧き出てくる。


モチーフは全て、桜子の存在感だった。


彼女をイメージした話がどんどん浮かんでくる。


達矢は、溢れるように出てくる言葉たちを漏らさないように、パソコンに次々と打ち込んでいった。




叱咤激励!


* 第十九話 * ~達矢の場合~ ④

桜子の稽古の様子を見る限り、体力はあるようだった。


長距離走にもついてこれるし、腹筋や腕立て伏せも問題ない。


身体の柔軟性もある。


あんな華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのだろう?と不思議に思ってしまう程だった。


「運動神経良さそうだね」


達矢がストレッチをしている桜子に声を掛ける。


「はい、身体には自信があるんです。殺陣も日舞も経験あります」


桜子ははきはきと答えた。


前屈をすると、汗が首筋を伝い、襟元からTシャツの中に落ちた。


その様子が艶めかしくて、達矢は思わず目を逸らした。


発声もちゃんとしていた。


早口言葉も言える。


 ―― なんで、彼女は役をつけてもらえなかったんだ?


達矢は不思議でしようがなかった。


ハッキリ言って、桜子なら、こんなしがない小劇団にいなくとも、大手のオーディションを受ければ合格出来るだろうレベルだ。


ルックスだけでもモデル事務所で拾ってもらえるかもしれない。


一体、どれほどの大根役者なのか。


「舞台…立ったこと、ある?」


「いえ、ないんです」


桜子は伏し目がちに言った。


「以前、映画に出たことはあるんですけど…」


 ―― やっぱり…。芸能界に身を置いてはいたんだ。


その時、何の映画に出たかは聞かなかった。


聞いたら、観たくなるだろうし、観てしまったら、イメージが制限される気がしたからだ。


「柴田さん!」


ある男の役者が提案してきた。


「今日、桜子ちゃんの歓迎会でもやりましょうよ。稽古終わったら、パーッと」


そう言って、手で酒を飲むジェスチャーをした。


演劇人は、金もないくせに何かと理由をつけて飲みたがる。


達矢はその時なんとなく心の中に重たい何かを感じたのだが、それが何だか分からなかった。


そして、大して気にもせずにいつものことだと劇団員全員で飲みに行くことに賛成した。


「よし、じゃ、そうしよう」


言いだしっぺの肩をポンとはたいた。


「お前、店予約しといて」


「うへ、俺かー」


桜子は嬉しそうにニコニコとみんなを眺めていた。




叱咤激励!




* 第十九話 * ~達矢の場合~ ⑤

「柴田ぁ、先行ってるわよ!」


橙子を先頭に劇団員たちが、歓迎会の為に下北沢にある行き着けの居酒屋に移動していった。


桜子は、皆とは一緒に行かずに達矢を待っていた。


「みんなと行けば良かったのに」


達矢は困惑気味に桜子と共に稽古場を出た。


私服に着替えた桜子は、相変わらずスッピンだったが、とても可愛らしかった。


金曜の夜、街は活気づいている。


駅までの道のり。


桜子は、歩くのが遅いのかちょこちょこと一生懸命に達矢についてきた。


混雑する電車内。


吊革や手すりに掴まればいいのに、何故か自分の足だけで踏ん張っている桜子。


自分の左手を吊革に引っ掛けながら、達矢は、不思議そうに小さな桜子の様子を見下ろしていた。


「どっか掴まりゃいいじゃん」


思わず、そう声を掛けたが、桜子はフルフルとかぶりを振って、頑として踏ん張っていた。


 ―― 子どもみてえ。


ガクンッ。


車内が揺れ、周囲の人たちがどっと傾いた。


「や…」


案の定、ふらついて倒れそうになった桜子を達矢の腕が咄嗟に支える。


「ほら、だから、掴まっとけって言っただろ?」


「すいません…」


桜子はそう言って俯くと、達矢の胸に右手を置いた。


 ―― そ、そういう意味じゃなく…。


達矢の顎のすぐ下に桜子の頭がある。


ドキリとした心臓の音が伝わらないかとハラハラした。


下北沢駅に着くと、乗客がどっと降りた。


二人もその波に乗り、ホームに降り立つ。


そのまま階段に向かって、歩き出す。


「これから行く店はさ、」


隣にいる桜子に話しかけると誰もいなかった。


「あれ?」


慌てて振り返ると、遥か後方の人波に桜子が埋もれていた。


笑いと溜息が同時に出た。


「…しょうがねえなぁ」


達矢は人の流れに逆らって、少し後ろに下がると、グイと桜子の手を掴んだ。


「この程度の人ごみに紛れてんじゃねえよ。渋谷とか行けねえぞ?」


そう言って笑うと、真っ赤な顔をした桜子のほっぺたを軽くつまんだ。


「迷子になるから、このまま掴まってろ」


達矢は、桜子の手を握ったまま、引っ張るように歩き出した。



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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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