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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ①

首相が二度も続いて任期途中で職を辞し、去年に引き続き、自民党の総裁選が行われた九月。


豪雨被害、不良債権、食品に有害物質混入、…暗いニュースばかりが続く。


福岡、千葉と続いて子どもが死ぬという惨劇。


慶子は、テレビの中のニュースキャスターに向かって、思わず呟く。


「…なんで、そんな家に生まれちゃったんだろうねぇ」


声に出てしまったことにハッとして、慶子は慌ててダイニングチェアから立ちあがった。


お茶でも淹れようと流しに向かい、急須に入りっぱなしだった出涸らしのお茶の葉を三角コーナーに捨てる。


ひとつ溜息をついた。


山本慶子。


三十路の時に一つ年下の夫と結婚して、この九月で五年が経つ。


子どもは大好きだが、二人の元へは未だコウノトリは訪れていなかった。


新婚のうちは姑や実母から矢のような催促があったものだ。


望んでいるのに五年も妊娠しない慶子を見て、空気を読んだらしく、最近は何も言わなくなってきた。


赤ちゃんはまだなの?と言われると辛いが、何も言われないのも石女だと諦められてしまったようで悲しい。


不妊治療に通っている努力が報われる日を慶子はまだ信じているのだから。


慶子は新しい茶葉を入れた急須にポットからお湯を注いだ。


小さな子が殺されたり、攫われたりする事件を聞くたびに、慶子の心は何とも言えない嫌な気持ちになる。


まして、犯人が実の親だった場合のやりきれなさ。


何故、自分のところには子どもが出来ないのだろう。


ろくでもない親のところに生まれて死んでしまうような運命。


絶対幸せにしてあげられるのに。


「あちちち」


お茶の入った湯呑みを持って、ダイニングテーブルにつくと、置いてあった携帯電話が光った。


マナーモードにしてあるそれを開く。


着信したメールの送信元を見て、慶子は少し驚いた。


 ―― 鈴木、輝元…?


大学のときの同級生である。


懐かしい名前にどうしたんだろうと本件を読んで、慶子は「えっ」と声が出てしまった。


「僕の娘が…死に、ました?」



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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ②

「娘が死んだって…、美園ちゃんのこと、だよね…」


 ―― ざ・ま・あ・み・ろ。


慶子の心の奥の方から聞こえた声に愕然とする。


そんなことを考えた自分を打ち消そうと慌ててメールを返信する。


【何があったの?奥さんは?大丈夫なの?】


送信すると、そのままギュっと携帯電話を握り締め、目を瞑った。






鈴木輝元は、かつて慶子が初めて結婚を意識した元カレである。


大学4年の頃から、六年付き合った。


それから、輝元と慶子を慕って、二人の後ろを付いて回っていた大学の後輩…、中川詩真。


この三人は、大学を卒業したあともよく一緒に遊んだものだった。


恋多き女の詩真は、二人によく恋愛相談をしてきた。


デートの日も押しかけてきて、二人に自分の相談話を延々と語りだす。


輝元は少々呆れながら、慶子は割と親身になって、詩真の話に付き合ったものだ。


詩真は、そんな図々しい態度ながら、心は案外繊細で、ちょっとしたことで薬を沢山飲んでしまったり、手首に傷をつけたりしてしまう。


他人を振り回すことで、自分に対する愛情を量るタイプ。


そんな詩真を放っておけなくて、慶子はいつも関わって損するタイプ。


「慶子、少しあの子と距離置いた方がいいんじゃないの?」


見かねた輝元が、そんなアドバイスをしたこともあった。


「ダメよ。そんな事したら、詩真は本当に死んじゃう子よ?」


元来、おせっかいな方ではなかった慶子だったが、詩真は特別だった。


本当に妹のように可愛がっていた。


真夜中でも遠慮なく電話が掛かってくる。


「慶子先輩、相談があるんですけど…」


「今日は何があったの?」


少し面倒な思いもあったが、私は頼られている、必要とされていると実感出来る。


そんな思いから、慶子はいつでも詩真を優先して、時間を割いた。


いつもなら機関銃のようにああでもないこうでもないと喋りだす詩真だったが、その日はやや口が重かった。


「どした?なんか辛い?」


電話の向こうは静かで、どうやら泣いているらしい息遣いだけが受話器を通して聞こえてくる。


「詩真?大丈夫?傷つけたりしてない?」


ちょっと異変を感じた慶子は、慎重に声を掛ける。


「……赤ちゃん」


「え?」


「出来ちゃいました…」


搾り出すような声だった。


堰を切ったように、詩真の泣き声が聞こえた。

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ③

「そっか…、詩真、おめでとう」


ひとまず落ち着かせようと思ったら、そんな台詞が慶子の口をついた。


電話口の詩真は泣きじゃくっている。


「一人じゃ不安だよね。今から、そっち行くから。待ってて」


慶子はそう伝えて電話を切ると、真夜中にタクシーで詩真の家へと向かった。






一人暮らしの部屋に着くと、泣き疲れた顔の詩真が出迎えてくれた。


「そこ…座ってください」


そう言って、慶子にクッションを勧める。


「うん、で、体調は大丈夫なの?」


「はい…」


詩真の目に、みるみるうちに涙が盛り上がった。


「さっき…、慶子先輩、おめで…とうって、言ってくれたでしょ?」


「うん」


「私、嬉しくて…」


慶子は優しく詩真の背中をさすった。


「相手の人には話したの?」


詩真は無言で頷いた。


「…彼は、露骨に迷惑そうで…、だから、おめでとうって言葉が…、凄く嬉しくて」


大粒の涙がボロボロと頬を転がっていく。


「堕ろせって?」


「…そこまでは、言われてないけど…、困ったなあって…」


「そう」


慶子は少し姿勢を正して、詩真に問うた。


「で、どうするの?赤ちゃん、産みたいの?」


詩真は、真正面から慶子の目を捉え、力強く頷いた。


「はい、絶対に」


「わかった…。じゃ、相手の男性、説得しよう」


と言ったあとに、慶子ははたと思う。


「不倫とかじゃ、ないでしょ?」


「はい。大丈夫です」


慶子は少し落ち着こうと立ち上がって、窓辺に向かった。


カーテンを少し開けて、夜空を眺めた。


そして、「よし!」と自分に気合を入れると、詩真を振り返った。


「相手は?何処の人?一緒に行ってあげる」


座っていた詩真は慶子を見上げた。


そして、はっきりと。






「輝元先輩です」





慶子の目の前が真っ暗になった。


衝撃を受けると本当に目の前が暗くなるんだと、この時初めて知った。


「なん…?」


絶句するしかなかった。


 ―― 一体何が、大丈夫、なの?

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ④

自分の恋人と可愛がっていた後輩との間に新たな命が芽生えたと告げられたあの夜から、もう七年が過ぎる。


慶子が生きてきた人生の中で、あれほど驚愕し、激怒し、絶望し、慟哭した夜はない。


それでもあの時、なんとか落ち着きを取り戻し、最後に詩真に聞いた。


「テルに…、無理矢理に、そういう関係を迫られたワケではないのね?」


「違います…。私、輝元先輩を愛してます」


その言葉を聞いた慶子は、これまでの詩真との付き合いを全て否定されたことに気付き、自分は輝元に近づく為の道具だったに過ぎない事を悟ったのだった。


思えば、滑稽な関係だったのだ。


二人のデートに何故、第三者がくっついてくるのか。


最初のうち、輝元は嫌がっていたのに、慶子が「可愛い後輩なんだから、構わないじゃない」と彼女の非常識な行動を許していた。


それがこんな結果を招き、自分の甘さが情けなくて情けなくて、詩真を一方的に責めることも出来ないでいた。


慶子は、震える手で詩真の部屋の電話の受話器を上げる。


短いコールで、輝元が電話に出た。


「慶子よ。今すぐ…、詩真の部屋まで、来て…」


数分後、現れた輝元は、何かを決心したような生真面目な顔で現れた。


その表情を見ただけで、慶子は「もう、終わりなんだな」と感じた。


三人で膝を付き合わせる。


長い長い沈黙。


それを破ったのは、輝元だった。


「慶子、…ごめんな。あの…」


「先輩!なんで、慶子先輩に謝るの?」


詩真の言葉に思わずポカンとなる。


「謝るんだったら、私にだよね?だって、慶子先輩とはもう別れるからって、私たち付き合ったんでしょ?」


輝元は少し慌てた感じで、詩真を止めようとした。


「いつまでもズルズルして、変よ」


どうやら、輝元は慶子とは別れた前提で詩真に手を出したらしい。


それが、いつまで経っても三人で会うことが変わらず、詩真曰く「ウソツキ!」ということのようだ。


慶子にとっては、どれもこれも寝耳に水の出来事で、輝元の行き当たりばったりの方便には、呆れるしかなかった。


いつのまにか、それぞれ自分が本命の彼女だと思いながら、三人で会っていたのだから。


呆れ果てた慶子は立ち上がり、玄関に向かう。


瞬間、輝元が追いすがる。


「もう話すことないわ。私は貴方とは別れるし、結婚でも出産でも二人で勝手にやって」


最後の、精一杯の、プライドだった。


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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑤

慶子が帰宅後、家の電話が点滅、留守電に輝元から数件のメッセージが残っていた。


メッセージを聞かずに消去すると、輝元の携帯電話に掛け直した。


「もしもしっ?」


必死な声に、少し笑ってしまう。


「もういいよ、テル。詩真を幸せにしてあげて」


「違うんだ、慶子。俺…」


「何を言っても、言い訳でしょ?私、何よりも嘘吐かれていることが嫌いなのよ」


輝元が黙ってしまった。


「詩真が…、ずっとテルを好きだったのは本当みたいだから」


受話器の向こうで輝元のすすり泣く声が聞こえる。


「こんな別れ方するとは思わなかったし、一生…許せないとは思うけど。赤ちゃんには罪ないでしょ?」


涙が溢れてきたので、気付かれないようにそっと受話器を置いた。


 ―― 先に泣くなんて、ずるいよ…。


暫く泣き続け、ふと窓の外を見ると空が白み始めていた。


なにもかもを無くした夜が終わっていく。







数日後、輝元の父親から慶子のもとに連絡が入った。


彼の実家にて、輝元と慶子と両親の四名で話し合いがもたれた。


「あっちに子どもが出来てしまったからには、慶子には申し訳ないが、詩真と一緒になろうと思う」


輝元は自分に言い聞かせるように、キッパリそう言った。


長年に渡り、輝元と付き合ってきた慶子と親しくしてきた両親は、今回の事態にたいそう立腹していた。


「彼女に堕胎してもらうことも、認知だけして養育費を渡して母子だけで生活してもらうことも、いろいろ選択肢はあるのよ?」


輝元の母親は、慶子の手前もあったのか、そう提案したが、輝元は首を縦には振らなかった。


慶子もそれでいいと思った。


実家は運送業を営んでいて、地元では名士で通っている。


そこを継ぐつもりで、大学卒業後、実家で働いていた輝元は、その場で父親にクビを言い渡され、勘当された。


母親は泣きながら、慶子に頭を下げ続けた。


「お母さん、私は大丈夫ですから。ご縁がなかったんですよ」


慶子は、涙を堪えて、そう伝えた。


話し合いの結果、輝元は職を失い、実家への出入りを禁じられはしたものの、新しい家族の生活の場として、マンションを買い与えてもらうこととなった。


それ以外の援助は今後一切ないということで落ち着き、慶子には相応の慰謝料を渡してきた。


「ごめんなさいね。こんなことくらいしか出来ないけど…」


母親は慶子の手を両手で握って、言った。


慶子は一旦は固辞したが、両親の強い勧めもあり、有難く頂戴することにした。


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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