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* 第一話 * ~珠子の場合~ ①

バスから、一歩降りた瞬間、突風に砂埃が舞った。

大量に散ってしまった桜の花びらが、低い位置で灰色の渦を巻いて去っていった。 

長い髪が顔にはり付いて不快だ。 

雨宮珠子は砂が入らないよう唇をかたく結び、大きな目を細めながら、風の抵抗に向かって歩いた。 

歩行者用の信号が点滅していた。 

そのまま走って横断歩道を渡ってしまおうかと一瞬頭をよぎったが、思い直して足を止める。 

今、降りたばかりのバスが目の前を走り過ぎて行った。 

珠子は、ふと肩に掛けたバッグの中を覗き込む。 

ようやく書き終えた用紙を封に入れて、文庫本に挟んである。 

大事なものなのに。 

珠子は、苦笑を隠すように深いため息をついた。 

と同時に、珠子の身体は風によろけ、二、三歩後ろに下がった。 

「あ…」 

思わず、小さく声に出た。 

 ―― あの日と似ている。 

そう思って、後ろを振り返った。

 

あの日は、振り向いた先にアイツがいた。 

「おはよう」 

初めて言葉を交わした。 

そう、あの瞬間から、珠子の人生が動き出したのだ。 

忘れるものか。 

信号は、すでに青に変わっていた。

* 第一話 * ~珠子の場合~ ②

あれは、当時の知事がある地域の開発を取りやめると宣言した頃だ。

珠子は、その年に高校を卒業し、開発を見込んで早々に建てられた大規模な複合レジャー施設内でアルバイトをしていた。

最寄駅から更に出来たばかりのモノレールに乗って、開発地区に入る。


周りはまだ更地だらけの寂しい土地だったが、映画館やショッピングモール、アミューズメントパーク等が入ったそのレジャー施設だけは、物珍しさからか毎日観光客が絶えなかった。

珠子の仕事は、施設館内の案内業務である。

同じレジャー施設の中の警備部門にアイツはいた。

朝、出勤すると、夜勤明けのアイツが入館証をチェックするために窓口に座っている。

開館の時間になって、珠子が入り口脇の案内カウンターにつくと、その頃帰っていく。

珠子はいつもニヤついた顔で挨拶をしてくるアイツを気持ち悪いと感じていた。


「珠ちゃんてさ、あの警備の人が通ると露骨に嫌な顔するよね」

先輩アルバイトの佐和子だ。

「顔に出てますか?なんとなく気になるんですよね、あの笑顔が」

佐和子が意味深な表情をこちらに向けた。

「悪い意味でですよ」

釘を刺す。

佐和子には、あることないこと言いふらす癖があるので、気を付けるようにと先輩社員から聞かされていた。

「でもさ、あの人って珠ちゃんに気があるんじゃない?」

珠子は佐和子を軽く睨んだ。

「だってさ、前はちゃんと通用口から帰ってたわよ。わざわざここ通るかしら」

欝陶しい。

珠子は無視して業務に集中した。

だったら何だと言うのか。

にこやかにしていなければならない業務だったが、気分を害した珠子は、ついつい言動に余計な力が入ってしまう。

その日は、来館客からクレームが入った。

「ちょっと珠ちゃんさぁ、お客さまに舌打ちはないんじゃないのっ」

交替で休憩に入っていた珠子の代わりに佐和子がしこたま怒られたらしい。

なんとなくきちんと謝れなかった珠子は、それを切っ掛けに佐和子からきつく当たられるようになり、日に日に仲間内から孤立していった。

少し居辛くなって三ヵ月もした頃、珠子は気分転換に通勤にモノレールを使わずバスに乗った。

風の強い日だった。

バスから降り、信号待ちで立っているのもしんどいほど、向かい風に煽られた。

「おはよう」

* 第一話 * ~珠子の場合~ ③

「あ…、おはようございます…」


珠子が振り向いた先には、スーツ姿のアイツがいた。


嫌な人に会ったなと一瞬顔をしかめた。


「風、すごいっすね。…あれ?いつもバスじゃないですよねー」


アイツが珠子の表情など気にする様子もなく、馴れ馴れしく会話を続ける。


「俺、早番の日は大体このバスで来てるんすよ。えっと…、雨宮さんでしたよね?」


「はい、よくご存知ですね」


珠子は苦笑した。


「受付の人は皆キレイな人ばっかりだから、多分、俺、全員の名前言えますよー」


なるほど。


そういうキャラクターか、と珠子は合点した。


「俺、コンタクトなんで、こういう風の日ってホント嫌なんですよねー」


職場への道すがら、首尾よく会話を続けるアイツは、珠子が思っていたよりも好印象だった。


初めて並んで歩いてみると、かなり背が高く、見上げるような位置に顔がある。


ニヤついていると感じていた笑顔は、いつのまにか魅力的に映った。


「雨宮さんて歳いくつなんすか?」


「19ですけど…」


アイツが大袈裟に驚く。


「えー?タメじゃん!」


通用口に到着すると、急に親近感が増したような、以前から友達だったかのような態度でアイツは言った。


「ちょっと待って、今これに連絡先書くから。…ちょっとペン貸して」


同僚が見ているのも気にせず、アイツは窓口からペンを借りて、サラサラと書いたメモを差し出してきた。


「今夜、電話ちょうだいよ」


軽く迷惑に思ったが、受け取らないわけにもいかず、メモ用紙を手にした。


そそくさとエレベーターに向かった珠子は、アイツの強引さに少しだけドギマギしていた。


 ―― 電話、した方がいいのかな…。


ふとメモに目を落とすと、アイツの名前と電話番号があった。


「谷内、貴昭…か」



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* 第一話 * ~珠子の場合~ ④

出勤し、更衣室に入ると、珍しく佐和子が話しかけてきた。


見られたな、と即座に思う。


「随分、仲良さそうだったじゃない」


「あはは、そうですかぁ」


珠子は内心警戒しつつも、にこやかに答えた。


佐和子のせいで、この三ヶ月の職場環境は地獄だった。


挨拶をしても無視され、都合の悪い仕事は押し付けてくる。


裏で手を回され、シフトが同じ日のスタッフがわざと欠勤し、手が足りない中、たった一人で勤務した日もあった。


そんなことをしたところで、悪い評価は珠子ではなく、手を貸した側につくのだからと、黙って耐えていたのだ。


それに元はといえば、珠子の失態から生じたもの。


陰険だとは思ったが、時間が経てば苦痛も過ぎると考えていた。


それでも、自分は孤立しているということが誰の目からも明らかな毎日は、正直こたえる。


今日もモノレールではなく、バスに出勤経路を変えたのは、なんとなく逃げたかったからだと気付く。


佐和子が話しかけてきたということは、この三ヶ月味わった苦痛は終わりなのかもしれない。


的は変わらないが、新たに興味深そうなネタが出来たからだ。


たかが、男性と数メートルの距離を歩いただけで。


「たまたま同じバスに乗り合わせただけですよ」


珠子は極力笑顔で答えた。


「ふーん、そういうのがさ、実は怪しいんじゃないかなって感じちゃうんだよねぇ」


さっさと話を切り上げたくて、珠子は更衣室のドアに手をかけた。


「アイツ、気をつけたほうがいいわよ。結構、見た目も悪くないしさ。気さくでモテるらしいって皆の注目の的なんだから」


何に気をつけろと言うのか。


アイツの手の早さか。


それとも、周囲のやっかみか。


くだらないな、とため息を漏らす。


最初は電話などするものかと思っていた珠子だったが、今夜、アイツに電話してみようと心に決めた。



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* 第一話 * ~珠子の場合~ ⑤

「うわ、私、何やってんだろ」


珠子が我に返ると目の前の歩行者用信号がもう何度めかの点滅を始めていた。

あわてて小走りで横断歩道を渡る。

あれから、もう十年も経つのだ。

それなのに、まだ鮮明に思い起こすことができる、アイツの記憶…。

今まで立ち尽くしていた分、少し早足で目的の建物へ向かう。

思い出したからって、今日こうしている珠子はもう変わらないのに。

自動扉を抜け、案内板に従う。

珠子は足を止め、文庫本に挟んであった封を手にとった。

これを出せば用事は済む。

これが珠子の人生の方向を変えてくれる。

わかっているのに。

 ― やっぱり二人で来れば良かった。

封を持ったまま、近くの長椅子に腰をおろした途端。

ピピピ…。

携帯電話だ。

「もしもし~、珠子、提出できた?」

「ん、まだ…」

珠子は手元の“婚姻届”に目を落とした。

「さすが、月曜のお役所は混んでるわ」

咄嗟に嘘が口をついた。

珠子は、まだ結婚に迷っていた。

迷う意味もないのに。

「ごめんな、一人で行かせることになっちゃって」

電話口の優しい声に胸が苦しくなった。

つい今まで、昔の男を思い出して、今日しなければいけない、この人生の契約に躊躇していたのだ。

あの頃は、契約や肩書きをあんなに欲していたのに。


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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