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* 第六話 * ~マリアの場合~ ①

八木マリアは、暗い部屋の布団の中で携帯電話をいじっていた。


さっきまで、一緒にああだこうだ言っていた夫の隆徳は、いつのまにか寝息を立てていた。


二人の間には、小さな男の子と、女の子の赤ちゃんがスヤスヤと寝ていた。


昨日、みんなで、隆徳の新しい携帯電話を買いに行った。


隆徳は、あまり携帯の機能やら何やらに興味がないので、マリアが代わって着メロの設定をしていた。


 ―― んー、何がいいかな、やっぱり隆徳の好きなサザンかな…あれ、このサイトじゃ取れないのか。


いろいろサイトを見て、適当に曲を買っていく。


 ―― あ、これいいかも。保存…っと。


或る程度まとめて曲を保存して、そのあと電話帳に入っている誰某の番号専用に曲を設定していく。


マリアは、そういう細かいことが好きだった。


ふと時計を見ると、0時をまわっていた。


数時間後に赤ちゃんがお腹をすかせて起きてしまうまでに、少しでも眠っておかないと。


あとこれだけやって終わろうと思った矢先、持っていた携帯にメールが入った。


「わっ」


ちょうど何かを押したところだったので、そのまま受信BOXが開かれてしまった。


隆徳が所属しているスポーツクラブチームからの練習試合のお知らせだった。


「パパ」


小声で呼んだが、起きないようだったので、まあ、いいかと目線を携帯に戻した。


開いてしまった受信BOXからひとつ戻ると、昨日はなかった【仕事】というフォルダが新しく作られていた。


「?」


不思議に思って、送信BOXの方も見てみると、やはり【仕事】というフォルダがあった。


隆徳は或る会社の営業である。


営業報告を携帯のメールで会社に送るので、それかなと思ったが、さっき通常の受信BOXにそれらしきメールは数通残っていたことに気付いた。


何の気なしに、【仕事】フォルダを開くと、ロックがかかっていた。


隆徳にしては珍しいことをする。


いつも大体において使われる暗証番号を入力した。


開かなかった。


いくつか思いつく限り、入れては試したが、すべて受け付けなかった。


嫌な予感がマリアの全身をかけめぐった。


今までしたことがなかったが、送受信メールをすべてチェックした。


仕事関係のメールだけだった。


昨日買い換えたばかりの携帯電話だから、そう大した数のメールもない。


しかし、【仕事】のフォルダをわざわざ作っておきながら、すべてそちらに移動させていないことに不審を覚えた。


マリアは、新規メール作成画面にすると、〔あ〕から順に予測変換をした。


〔あ〕で、いきなり「愛してる」と出た。


その段階でマリアの中で、何かが確定した。


順を追っていくと、〔く〕で、「久美」。


〔ち〕で、「ちゅー」。


〔だ〕で、「抱きしめたい」。


など、血圧がどんどん上がりそうな語句が現れた。


電話帳で「久美」とつく名前を探した。


隆徳の友達で久美という名前の子は記憶にない。


それは、あっさりと見つかった。


 ―― 宮尾久美。


マリアは頭が混乱していた。


しかし、もっと証拠を、もっと証拠を、そうマリアの親指は求めていた。


どこをどう押したかも分からない。


ひたすら指を動かし続けた。


急に携帯画面がムービー画面に変わった。


無意識に音量を下げる。


マリアはこれまでに味わったことのない衝撃を受けた。


脳天から爪先まで電流が走るようだった。


自分でも信じられないくらいに、ぶるぶると震えだしていた。


それは、ひとりの女がカメラに目線を向けて、媚を売りながら、一生懸命に頭を上下に動かしている映像だった。



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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

見覚えのあるものに対して、音を立てて奉仕する見知らぬ女。

ムービーの中の出来事は、架空ではないと悟った。

登場人物は、紛れもなく、この隣に寝ている者だと。


マリアは自分の携帯電話を持って、寝室を出た。

部屋の外で気付かれないよう、速やかに自分のSDカードを隆徳の携帯電話に挿入し、ムービーを保存した。

見たくもないのに釘づけになってしまう。


寝室に戻り自分の携帯電話を置くと、子供たちを起こさないように気を付けながら、隆徳を叩き起こした。

不思議と冷静だった。

「な…、どした?」

首根っ子を掴んで、引っ張りあげた。

そのまま寝室から押し出す。

「なんなんだよ、明日も早いのに」

眠気眼をこすりながら、隆徳はマリアに抗議した。

「これ何」

隆徳の目の前に、水戸黄門よろしく、携帯電話のムービー画面を突き出した。

一瞬にして顔色が変わり、明らかに動揺した様子の隆徳の表情が全てだった。

「こ、これはダウンロードしたんだ」

「私があなたのこれを見間違えると思うの?」

こんな一大事なのに、隆徳は眠気には勝てなかったらしい。

「ごめんなさい」

あっさりと白旗を揚げた。

マリアはこれにも衝撃を受けた。

 ― 否定しないの?

これだけ明らかな証拠を見ても、心のどこかでは認めてほしくなかった。

「じゃ、このメールもロック解除してよ」

そう言われた隆徳は一層慌てた様子で、携帯をいじりだした。

「いや、これは…」

「見せなさいよ。パスワードは何なのよ」

「9393…」

 ― 久美、久美?

マリアは自分の血の気が引いていくのを克明に感じた。

「や、でも、これは、お前には読ませたくない」

その言葉だけで、よほど熱いメッセージが交わされていた事は容易に想像できた。

マリアのことも愛してないだのと送っていたのかもしれない。

怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだった。

「…すぐさま別れて」

マリアはそう告げるのが精一杯だった。





 ― 信じていたのに。

その途端、数年前の記憶が蘇った。

「信じるって何?マリア、バカなんじゃないの!」

そう、あれは高田早苗の声だった…。



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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

マリアは高校時分、親友だった早苗から、幼なじみの隆徳を紹介してもらい、付き合いだしたという経緯がある。

その後、お互い現役で四年制大学に進み、就職をし、生活の見通しが経った頃、籍を入れた。

堅実に、確実に、二人は将来を共にする誓いを立てた。

マリアは付き合い出してから今まで、隆徳を心底愛し、信じてきた。

もちろん喧嘩もしたが、隆徳に対する愛情は年々深まるばかりで、こんなに幸せな人生を送っていいのだろうかと逆に不安になることすらあった。

マリアは、早苗の手前、幸せにならなければいけないとも思っていた。

まだまだ未熟な少年少女だった頃の話とはいえ、気持ちの上で、始まりは早苗から隆徳を奪った形だったから。

そう、マリアは勝者だ。

勝者は、今後も勝ち続けなければならない。







あれは、もう10年以上前になるだろうか。

ちょうど大学に入ったばかりの頃。

マリアと隆徳と早苗は、繊細な関係を保ち続けていた。

早苗はすぐに撤回したものの、一度はマリアに隆徳と付き合わないでくれと、自分から取らないでくれと懇願してきたことがある。

マリアは、そのことを忘れていない。

そして、隆徳とマリアが付き合いだして、そんなに経たずに、早苗は自分の恋人と別れている。

二人にいざこざがあったことを知らない隆徳は、それまで通り早苗と接し、おそらくマリアとの交際報告や、恋愛相談を逐一していたと思われる。

マリアは、何があっても隆徳を信じるという強い想いがあったから、例えば他の女の子と何かがありそうであっても決して疑わなかった。

しかし、事実、マリアが知っているかはさておき、この頃の隆徳はいろんな意味で大学生活をエンジョイしていた。

元々、女の子が放っておかないタイプの隆徳に誘惑の声がかからないわけもなかった。

マリア自身、異性がよりどりみどりに寄ってくる女性であったから、隆徳の交友関係にもそれなりの予測はあったし、多少なり寛容な部分も持ち合わせていた。

隆徳がマリアのことを一番に想ってくれている以上は、嘘でも信じる。

それがマリアの愛し方、信念だった。

だが、そんなマリアを早苗は良しとしなかった。

おそらく、隆徳の悪業三昧を直接本人から聞いていたからだろう。

誰とコンパしただの、街行く誰とデートしただの、サークルの誰と寝ただの、そんな隆徳の戯れ言を早苗は全て知っていた。

だから、「私は隆徳くんを信じてるの」「隆徳くんはそんなことしないわ」と真顔で言い放つマリアが哀れで、滑稽で、憎らしかったのだろう。

どんなに早苗が親切心で忠告したところで、過去のあのやりとりがある限り、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだから。

早苗は、馬鹿みたいに信頼しきっているマリアを見ると、ストレスだったようだ。

真実は違うのだ。

隆徳は何度も何度も浮気をしているのだ。

どうして、そんなことも分からないのか。

早苗は、マリアに気付かせたくて、いつも苛々としていた。

だから、毎晩のように隆徳から恋の武勇伝や、マリアが信じ切っている話を聞いては、共にマリアを嘲笑った。

でもマリアは、それに全部気付いていたのだ。

早苗と隆徳がついに幼なじみの一線を越えた夜のことも、マリアは知っていた。

もちろん隆徳がそれを明かす事はなかったけれど。

早苗は何度となく、挑戦的にマリアに言った。

「信じてる、信じてるっていうけどさ、八木はマリアのこと裏切ってるかもしれないじゃん」

言外に、私たちはあんたを騙してセックスしたのよと匂わせる。

早苗は憐れなくらいに必死にアピールしてきた。

ただし、隆徳に知られたらまずいのだろう、明言することは絶対にしなかった。

だから何なのか。

隆徳は否定している。

誰と何をしようが、最終的にマリアのもとに帰ってきている。

彼が否定している限り、それはマリアの世界に於いて真実ではない。

隆徳はマリアを一番に愛しているから、隠すのだ。

バレなければ、知らなければ、それは空想だ。

相手が早苗であろうと、過ちでしかない。

マリアは隆徳を一点の曇りもなく信じたし、早苗は酷い事を平気で言う嘘つきだ。

「そんな話をして私を悩ませるのが嬉しいの?」

隆徳はこれまで通り、早苗と幼なじみとして接していたが、一方マリアは早苗とは絶交した。

くだらない妄想癖のある女だと切って捨てた。

だって、信じているんだから。


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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

真夜中でもあるし、とりあえず冷静になろうとしたマリアだったが、どうしても寝付けなかった。

隆徳を信じられなくなったのは、初めてだった。

当の隆徳は、眠気を盾にこのピンチから夢の中だ。

朝の早い彼は、そのままこの話から逃げるように出勤するだろう。

マリアは薄暗がりの中で、子ども達と隆徳の寝顔を見つめていた。

下の子が、少しムズムズと動き始める。

そろそろ泣き出して、マリアにミルクの催促をすることだろう。

マリアは起き上がって、ミルクを作りに向かった。






いつのまにか寝付いたらしく、早朝マリアが目覚めると、隆徳は既にいなかった。

身も心も、脱け殻のようだった。

辛うじて残っている気力で長男の幼稚園のお弁当を作った。

洗濯機をぐるぐる回した。

掃除は、通常はしない雑巾掛けまでした。

何かしら動いていないと、心の電池が切れてしまう気がした。

子が昼寝して暇になると、マリアは携帯を開いて、昨夜保存したあの映像を見た。

これまでは疑わしくても証拠がなかった。

隆徳も必ず否定した。

しかし、今回は動かぬ証拠ばかりか、隆徳が「ごめんなさい」と認めているのだ。

単なる浮気じゃ済まない。

マリアは初めての感情に翻弄されっぱなしだった。

衝撃が強すぎて、なにがなんでも相手とは別れてもらって、自分とやり直してほしいという気持ちになれないのだ。

いや、相手と別れるのは当然なのだが、隆徳を愛しているからとハッキリ思えないマリアがいる。

それほど、「裏切られた感」が強かった。

今まで、あまりにも信じていて、逆に隆徳も今までは悔しいくらい巧く立ち回っていて、それが今回の失態は何なのか。

それが納得いかないのだ。

本気ということなのだろうか。

バレても構わないくらい、真面目なお付き合いをしているとでも言うのだろうか。

マリアの目から、やっと涙が出た。

一粒こぼれたら、あとはどっと溢れてきた。

忙しくて、毎日疲れている隆徳を気遣って、マリアは一人で頑張って子育てをしてきた。

頼り切ってはいけないと、負担になってはいけないと、子育てに関して手も口も出さない隆徳の為に、一生懸命一人でやってきたのに。

勿論、不満はあった。

本当は隆徳にも「お父さん業」をしてほしかった。

いっぱい我慢してきたのに。

ここ最近、頻繁にあった休日出勤も、残業も、嘘だったのかもしれない。

隆徳は、宮尾久美という女性と二人で楽しい時間を過ごしていたのかもしれない。

マリアと子ども二人は、一体どんな存在だと相手に伝えていたのだろうか…。

嗚咽した。

もう止まらなかった。

隣で、子も一緒に泣き出した。

しかし、マリアは何も出来ずに、ただ泣くだけだった。




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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

その夜、隆徳はいつもより少しだけ早く帰ってきた。


まだ、子どもたちも起きていた。


普段は眠ってしまってからの帰宅なので、夜にパパに会えた長男のテンションは一気に上がる。


「パパー、おかえりー」


「ただいまー。いい子にしてたかあ?」


頭をわしわしと撫でてから、隆徳は長男を抱き上げた。


 ― こんな光景、久しぶりに見たなぁ。


マリアは、目を細めた。


「パパぁ、ママね、今日あんまり元気ないんだよ」


「そうなの?お腹が痛いのかな」


多分、隆徳はギクリとしたに違いない。


昨晩のあれは夢ではなかったと実感しただろうから。


隆徳は、珍しく晩酌もせずに、既に冷たくなってしまった夕食を食べていた。


「ねえ、パパ」


まとわりつく長男に、優しく声をかける。


「おい、もう9時過ぎてるんだぞ。お布団に入らないと、ママ困るよ」


「えー、だって、やっとパパに会えたのに~」


「行きなさい。日曜日には一緒に遊べるから」


本当か嘘か分からない約束を長男は信じて、布団にもぐりこんでった。


マリアも一緒に寝室へ行き、隣で子どもたちを寝かしつけようと横になった。


お腹の下の方を軽くポン、ポン、と叩いていると、長男は健やかな寝息を立てて、眠りについた。


眠った雰囲気を察知するのか、下の子もいつのまにか眠っている。


マリアは大きく深呼吸しながら、布団の上で伸びをした。


そのままボーッと天井の小さな明かりを見つめていた。


隣の部屋からは微かにカチャカチャと食器の音が聞こえる。


隆徳と顔を合わせたくなかった。


どうしたいのかまだ考えもまとまっていない。


スッと部屋に一筋の光が入った。


「マリア…」


小声で、隆徳が呼んだ。


 ― 話をする気なんだ…。


マリアは重い腰を上げた。







ダイニングテーブルに向かい合わせに座った。


食べ終えた食器は片付けてあった。


珍しいことをするものだ。


「さっき、別れてきたよ」


隆徳は切り出した。


「元々、相手も俺に妻子がいることは知っていたから、納得して別れてくれた」


「…彼女として、付き合ってたんだ?」


隆徳はおもむろに煙草に火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出した。


「本気だったんじゃないの?」


「違うよ、家族は家族として愛しているし、ただ…」


隆徳は言葉を切った。


「…癒しが欲しかったんだ」


マリアの頭ににカッと血が上るのが分かった。


「お前は、子どもにかかりっきりで、帰ってきても寝てて、会話もなかっただろう」


「デートしてたから、帰りが遅かったんじゃないの」


膝の上でギュッと拳を握った。


汗をかいている。


「かかりっきりって…、あなたが子育てに何にも関わらなかったんじゃない。一番手のかかる、一番私が不安定な時期に…、あなたは、他の人と楽しい時間を過ごしてたんでしょう?」


一気に言った。


「俺だって、疲れてるんだよ。だけど、労いのひとつもない」


煙草は隆徳の手元でどんどん灰になっていった。


「悩んだよ。よそうと思った。早苗にも相談したんだ…」


 ― なんですって?


マリアは顔色を変え、隆徳を睨んだ。


「どういうこと?早苗とも二人で会ってたの?」


「うん、家に行って、この話をした。…気になっているコがいることも、家でのことも…」


「そしたら?」


「いいんじゃない?って。仕方ないよって言われた」


マリアは立ち上がった。


「ちょっ…!…そんなさぁ、不倫を勧める友達って、本当に友達って言えるのっ?」


隆徳に近づいて、両手で力いっぱい押した。


そのまま恥も外聞もなく、髪を振り乱して、何度も何度も隆徳の胸を拳で叩いた。


「どうして、…どうして、そんなこと早苗に相談したのっ」


ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。


 ― こんな侮辱ない。早苗はきっと、ほくそ笑んでいたに違いないわ。


こんなに怒りに任せた行動をしたのは初めてだった。


「やめろよ」


隆徳はマリアの両腕を掴んだ。




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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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