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* 第七話 * ~久美の場合~ ①

壁をグルリと見回すと半分は鏡。


柱の照明や天井のシャンデリアが映りこんで、部屋中キラキラと光る。


ふかふかの真っ赤なソファ。


硝子のテーブル。


部屋の中央には磨き上げられた真っ黒なグランドピアノ。


装飾は金色やクリスタル。


とにかく煌びやかな空間だった。


こんな場所に、カジュアルなカットソーとジーパンで来てしまったことをひたすら後悔した。


赤いソファに浅く腰掛けているのは、宮尾久美、25歳。


目前の低めのテーブルには、久美自身が書いた履歴書が置いてある。


「おまたせ~」


奥から黒のスラックスと黒い蝶ネクタイをした白シャツの男性が現れ、久美の斜め前に座った。


「はじめまして、後藤といいます」


男性は人懐っこい笑顔で、久美に名刺を差し出した。


“サブマネージャー 後藤茂樹”と書かれていた。


「こういうところで働くのは初めてなのかな?」


後藤は明るく、久美に尋ねた。


「はい、今まで派遣で働いてて、今もパートですが昼間は普通にOLしてます」


ここは、都内主要駅近くに多く立ち並ぶ夜の店の中のひとつ…。


いわゆるキャバクラだった。


「やっぱ、ここに来た理由はお金…かな?」


お金もそうだったが、久美はとにかく男性と出会いたかった。


半年ほど前に手痛い体験をした。


その傷を強引にでも男性と出会って、癒したかった。


「はい…、でも、もう25だから、どうですか…ね」


実は、ここの店の面接の前に、既に一件断られていた。


理由は、働くなら夜一本に絞って欲しいこと、それと年齢がやや高かったことだった。


「うちは、そういうのこだわらないよ。やってる女の子たちも大学生とかが多いし、掛け持ちは問題ないかな」


久美は、少しホッとした。


実家住まいであるし、親も健在なので、水商売をすることは当然秘密にしたい。


ゆえに、昼間の仕事もしていたい。


「これ内緒だけど、うちのNO.2の女の子はね、もう30近いけど、26歳で始めたんだよ。子どももいる」


久美は驚いて、顔を上げた。


「NO.1の子も最近、新宿から店替えてうちに来たんだけど、実は結構歳いってるし、年齢とかはあんまり関係ないんだよね」


「そうなんですか…」


「お客様とお話がちゃんと出来れば、大丈夫。久美ちゃん、見た目可愛いしOKでしょ」


案外、軽く採用された。


「でね、スカートは腰でまくって、これくらいは短くしてほしいわけ」


後藤は手で腿の半分より上を示した。


「ハンカチをさ、必ず持ってきて。お客様のグラスの水滴を拭くのに使うんだけど、脚の上に置いておくのにも丁度いいでしょ」


「あ、洋服…、あんまり派手なの持ってないんですけど」


「平気、平気。幾らかかかるけど、貸与アリよ。衣装はたくさんあるから、今日みたいな格好で出勤したって構わない。ヘアメイクさんもいるしね」


優しく、話しやすい後藤に久美は徐々に慣れていった。


見た目はごつい猿っぽい雰囲気だが、笑うと八重歯が可愛い。


「でね、女の子には担当マネージャーってのがつくんだ。だから、マネージャーの為に売り上げUP出来るように頑張ってほしいわけ」


後藤が担当なら頑張れるかな、と久美は思った。


「じゃ、名前決めちゃおうか。本名でも構わないんだけど、付けたい名前ある?」


「いえ、何も考えてませんでした…」


源氏名を決めるらしい。


後藤は片手で自分の顎を触りながら、少し頭を引いて、久美を上から下まで眺めた。


「うー…ん、サキ…ちゃん、かなぁ」


そう呟いてから、クルっと後ろを向いて、奥に向かって大きな声を掛けた。


「サキちゃんて子、いなかったよねー?」


奥から、後藤よりもかなり背が高くスラリとした男性が出てきた。


「おー、新しい子?」


後藤と同じ服装で、顎髭を生やしている。


目は少し冷たい雰囲気だった。


「この人、チーフマネージャーの伊達さん。久美ちゃんの担当さんね」


後藤が紹介した。


「え…、そうですか。よ、ろしくお願いします」


久美は少し落胆した。


それを感じたのか、後藤が答えた。


「ごめんね、俺、まだ下っ端だから、担当つかないのよ」


「よし、じゃあ、俺の為に頑張ってよ、サキちゃん!」


伊達は少し傲慢な態度で名刺を渡してきた。


怖いな、と感じた。


「シフトとかの相談は俺にして。ここに書いてある番号かお店に電話くれるとかでいいから」


“チーフマネージャー 伊達和人”。


久美は、後藤と伊達の名刺を鞄にしまった。


「じゃあ、この名前で名刺刷っとくから。あと、ちっちゃいポーチにライターと名刺入れ、用意しといて」


・・・【麻宮 沙綺】


この名前で、久美はキャバ嬢として、夜のバイトをすることになった。



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* 第七話 * ~久美の場合~ ②

働き始めて一週間。

まったく似合わないJ&Rの白いスーツに身を包んだ久美は、ヘルプとして、仕事を覚えるのに必死だった。

来るのは常連客が多い。

つまり、既に指名をする女の子が決まっている客。

指名を奪うのはご法度である。

名刺を渡すことさえ、気を遣う。

酔った客に「あれ、こんな子入ったの~?お前よりタイプだなあ」等と、先輩の女の子の前で言われ、えらく睨まれたり、足を踏まれたりもした。

仲間を連れてきたサラリーマン集団や初めての客に的を絞りたいが、店側も売り上げに貢献できる人気の女の子を優先的に配置したりするので、久美が入り込む隙はなかなかなかった。

テーブルに来たマネージャーたちが久美に向けた右手をクイっと上に上げたら、その席を立ち、次の席に移らねばならない。

まるで、操り人形のようである。

少し人見知りする久美はこの動きについていくだけで精一杯で、次の席、次の席で、なかなか打ち解けられず、うまく客を取れなかった。

「沙綺さん」

今夜もまたマネージャーの指先に翻弄されていた。

さっきまで30代半ばくらいの大柄な男性4名の新規グループについて、大分慣れて、自分も楽しくなってきた頃に、No.1待ちの一人客のもとへ移動させられた。

この人はNo.1の子以外とは親しく口を利きませんという態度を貫いていて、話し掛けてもほぼ無視。

視線はずっとNo.1の彼女のテーブル。

目の奥は嫉妬でいっぱい。

「お前なんか呼んでいない」だの暴言を吐く。

久美は場を保つのに四苦八苦していた。

それを先程のテーブルの男性の一人が見ていたらしい。

「沙綺さん。さっきのテーブルのお客さまから場内指名入ったよ。あの、背の高い人たちの…」

天の声だった。

久美にとって、初めての指名。

喜び勇んで、席を立った。

「沙綺です、ご指名ありがとうございまぁす」

久美は、やや長身の男性の前へ行き、両膝を軽く曲げて挨拶した。

「待ってたよ~。なかなか戻ってこられなそうやったから、呼んじゃった」

そう言う客の隣にホッと腰を下ろした。

「助かりました」

久美は小声で伝えると、水割りのお代わりを作った。

「お名刺、頂けますか?」

久美は、その客の連絡先を聞いた。

記念すべき、久美の客第一号である。

「奥…正和さん、まあくんて呼んでいいですかぁ」

久美は安易なことを言った。

「あれ、この会社って結構有名…」

「そ、バレーでね」

「まさか、皆さんのこの身長は?」

「そう、俺ら、実業団の選手なの」

おどけながら答えた。

「年とっちゃったから、ベンチ温めてる方が多くなっちゃったけどね」

正和はとても優しい笑顔で久美に話し掛けてくれた。

このバイトを始めて、やっと心からの笑顔を返せた瞬間だった。

 ― 私、スポーツマンに縁があるのかな。

久美はそんなことを感じた。

そう、半年前に終わった彼も元高校球児だと言っていたっけ。

グラスの水滴を拭き、正和のコースターの上に戻す。

久美は自然と正和に寄り添い、安堵のため息をついた。



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* 第七話 * ~久美の場合~ ③

半年前。

郵便が届いたあの日。

「宮尾久美さん宛に書留です」

母が判を押し、それを久美の代わりに受け取ってくれていた。

会社から帰宅した久美に、母が手渡してくれたその差出人を見て、全身に電気が走った。

 ― 八木隆徳。

「あれ、上司の八木さんじゃん。書類かな」

母に動揺を気取られぬよう、何気なく受け取り、自室へ入った。





数日前に、付き合っていた八木から別れを切り出された。

「あのムービーを妻に見られた。バレたからには、今までの様には付き合えない」

久美は別れにはあっさり承知したが、乞われるまま軽率にいやらしい映像を撮ったことを全身全霊で後悔した。

元々、妻子持ちであることも分かっていたこと。

近いうちにバレるんじゃないかと覚悟もしていた。

そう、最初はお互いの同情心から始まった。

久美は売れない劇団員の彼氏とうまくいかず、会えば喧嘩ばかりの日々。

八木は、妊娠・出産・育児で、奥さんにまるで構ってもらえない毎日に疲れていた。

そんな二人が慰め合うようになるのには、大して時間も掛からなかった。

しかし、紛れもない不倫。

割り切った関係だった。

そんなことは痛いほど理解していた久美だったが、やはりいざとなると辛いものだった。





久美は、自分のベッドの上に座り、ゆっくり書留の封を切った。

中にはA4の紙が二枚と返信用封筒が入っていた。

一枚には、誓約書と書かれてある。

もう一枚には、久美に宛てた手紙。

すべて印字だった。

「あれ、これ…、奥様からだ」

久美は一気に警戒した。

 ― 誓約書?

訝しみながら読み進めていくと、そこには、

 …この度はご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。

 …このようなお恥ずかしい結果になり、私と致しましても大騒ぎしたくはありません。

 …(中略)

 …同封の誓約書に署名捺印し、送り返してください。

 …貴女が内容に同意出来ない場合は、訴訟など含め、別の方法を考えたいと思います。

などと書かれてあった。

誓約書には、二度と会わないこと、及び、約束を破った際は速やかに慰謝料請求に応じることとあった。

久美は大きく安堵の溜め息をついて、床に大きく寝転んだ。

「そっか、私、訴えられても可笑しくない事してたんだ」

正直、久美は不倫の代償のことまで考えてなかった。

ただ、その時が楽しければ、その時が癒されれば、それで良かった。

だけど、そんなエゴの陰に、苦しんでいる人が存在していること。

分かっていた様で、全く理解していなかったことに気付いた。

天井を見ながら、久美は浅はかだった自分の行動を悔いた。

だけど。

久美は、仰向けのまま、あふれ出る涙を止められなかった。

だけど。

「私だって、本当に八木さんが好きだった…」

嗚咽した。



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* 第七話 * ~久美の場合~ ④終

「大丈夫?」


正和に声を掛けられハッとした。


久美と正和はプリンスホテルの最上階にあるバーラウンジにいた。



「辛いことがあったんやね」


酒に弱いくせに、少し過ぎたようだ。


喋りすぎた。


「あ、ごめんなさい、酔ったみたい…」


「沙綺、店でも飲んでないよな。酒、苦手?」


「うん…、強くない」


正和に最初についてから二週間が経っていた。


正和は滅多に店には来ない。


初日以降、来たのは一度だけ。


つまり、一般的にいう上客ではなかった。


久美は、自分自身、キャバクラ勤めは向いていないなと感じていた。


他の女の子のように、上手に客をあしらえない。


酒もほとんど飲まないし、真面目さが前面に出てしまっているので、客も興覚めするようだ。


二度目に正和が来たときに、休日に会う約束をした。


本来、個人的に会うことは控えた方がよかった。


同伴やアフターならともかく、今日は完全にプライベートだ。


元々、男性と出会いたかっただけの久美は、その辺り曖昧だった。


他の客でも、この人はいい人だと感じた客に何度か電話したことがある。


久美は営業のつもりはなく、単純に話をしたかったので電話をしたのだが、店での態度とは裏腹に彼は久美からの電話に出ることはなかった。


また、No.1の彼女のテーブルにヘルプについた時、客からのプライベートな質問にも平気で真実を答えていた。


No.1の彼女は久美を裏で叱った。


「ダメだよ、あいつらに本当のことなんか言ったら」


そんな経験をしながら、だんだんキャバクラというものを知っていった。


久美は甘かった。


ズルくなれなかった。


どんなに男の顔を金に見立てようとしても、やっぱり男は男で、久美は何か違うものを求めてしまっていた。


いわゆるプロ意識が持てず、相変わらず指名客は取れなかった。


あとから入った女の子に、どんどん成績は抜かされる。


最初は構ってくれていたマネージャーたちも、あまり久美に話しかけてこなくなった。


潮時かなと、久美も感じていた。


目の前にいる正和も、久美のそんな雰囲気を感じ取って、店には来ないのだろう。


わざわざ店で大金を落とさなくても、来る女。


「部屋…、一応とってあるんだ。奮発してスイート」


久美は虚ろな目で正和を見た。


「でも、今の話と同じになっちゃうかな。俺にだって妻も娘もいる…」

 

 ― ズルい男。


「帰る」


久美が立ち上がった瞬間、世界がグルリと回った。


慌てて正和が支える。


「ホント、弱いんだなー。こんなんじゃ何も出来ないよ。とりあえず部屋で横になれよ」


笑った正和は優しかった。


心が少し溶けた気がした。






久美は、正和に案内されるまま、部屋に向かった。


「わあ…っ」


部屋に入ると、全面に広がった夜景が目に入った。


ベイブリッジが光っている。


真っ黒な空には、点、点と星が佇んでいた。


「こんな部屋、初めて…」


「会社の関係でさ、こっそり用意してもらったんだ、スイートルーム」


二人は窓辺に立った。


「少し、酔いが醒めるまでいればいい。帰りたくなったら、夜中でもちゃんと送るから」


正和は外を眺めながら、そう言った。


「俺、風呂入っちゃおうかなー。広いんだよ。ジャグジーもついて…」


明るくそう言って、間をもたせようとしているのが伝わった。


久美は思わず、噴き出した。


「やっと、笑ってくれた」


正和がホッとした表情を見せた。


「出身が関西だからかなー、笑ってもらわれへんと辛いのよ~」


上着を脱いで、ソファにひっかけた。


「風呂、入ってくるね。せっかくだし」







ひとり部屋に残された久美はキングサイズのベッドに腰掛けて少し考えた。


 ― 繰り返してるな…。


失恋の痛手を忘れるために無理矢理勤めたキャバクラだったが、傷口は広がるばかりだった。


たまにこうやって優しい男に出会える。


一晩でもいい、慰めてもらえるなら。


身体だけでもいい、今は誰かに愛されたい。


こういうことを久美は望んでいたのかもしれない。


これ以上、甘えちゃいけないのに。


このままでは、何度も同じ過ちを繰り返してしまう。


キャバクラで男と出会おうなんていうのが間違っていたのだ。


どうせ成績の悪い久美には大してお金にもならない。


担当マネージャーの伊達だって、久美にはもう期待していない。


このまま続けても、また何人もの浮気性の妻子持ちと出会って、過去を思い出すばかりだ。


反省しなければいけないのに、前科が増えるだけ。


「これが…、最後…」


矛盾した気持ちのままで、久美は一糸纏わぬ姿になると、正和のいるバスルームへと入っていった。




 -終-


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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