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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

真夜中でもあるし、とりあえず冷静になろうとしたマリアだったが、どうしても寝付けなかった。

隆徳を信じられなくなったのは、初めてだった。

当の隆徳は、眠気を盾にこのピンチから夢の中だ。

朝の早い彼は、そのままこの話から逃げるように出勤するだろう。

マリアは薄暗がりの中で、子ども達と隆徳の寝顔を見つめていた。

下の子が、少しムズムズと動き始める。

そろそろ泣き出して、マリアにミルクの催促をすることだろう。

マリアは起き上がって、ミルクを作りに向かった。






いつのまにか寝付いたらしく、早朝マリアが目覚めると、隆徳は既にいなかった。

身も心も、脱け殻のようだった。

辛うじて残っている気力で長男の幼稚園のお弁当を作った。

洗濯機をぐるぐる回した。

掃除は、通常はしない雑巾掛けまでした。

何かしら動いていないと、心の電池が切れてしまう気がした。

子が昼寝して暇になると、マリアは携帯を開いて、昨夜保存したあの映像を見た。

これまでは疑わしくても証拠がなかった。

隆徳も必ず否定した。

しかし、今回は動かぬ証拠ばかりか、隆徳が「ごめんなさい」と認めているのだ。

単なる浮気じゃ済まない。

マリアは初めての感情に翻弄されっぱなしだった。

衝撃が強すぎて、なにがなんでも相手とは別れてもらって、自分とやり直してほしいという気持ちになれないのだ。

いや、相手と別れるのは当然なのだが、隆徳を愛しているからとハッキリ思えないマリアがいる。

それほど、「裏切られた感」が強かった。

今まで、あまりにも信じていて、逆に隆徳も今までは悔しいくらい巧く立ち回っていて、それが今回の失態は何なのか。

それが納得いかないのだ。

本気ということなのだろうか。

バレても構わないくらい、真面目なお付き合いをしているとでも言うのだろうか。

マリアの目から、やっと涙が出た。

一粒こぼれたら、あとはどっと溢れてきた。

忙しくて、毎日疲れている隆徳を気遣って、マリアは一人で頑張って子育てをしてきた。

頼り切ってはいけないと、負担になってはいけないと、子育てに関して手も口も出さない隆徳の為に、一生懸命一人でやってきたのに。

勿論、不満はあった。

本当は隆徳にも「お父さん業」をしてほしかった。

いっぱい我慢してきたのに。

ここ最近、頻繁にあった休日出勤も、残業も、嘘だったのかもしれない。

隆徳は、宮尾久美という女性と二人で楽しい時間を過ごしていたのかもしれない。

マリアと子ども二人は、一体どんな存在だと相手に伝えていたのだろうか…。

嗚咽した。

もう止まらなかった。

隣で、子も一緒に泣き出した。

しかし、マリアは何も出来ずに、ただ泣くだけだった。




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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

マリアは高校時分、親友だった早苗から、幼なじみの隆徳を紹介してもらい、付き合いだしたという経緯がある。

その後、お互い現役で四年制大学に進み、就職をし、生活の見通しが経った頃、籍を入れた。

堅実に、確実に、二人は将来を共にする誓いを立てた。

マリアは付き合い出してから今まで、隆徳を心底愛し、信じてきた。

もちろん喧嘩もしたが、隆徳に対する愛情は年々深まるばかりで、こんなに幸せな人生を送っていいのだろうかと逆に不安になることすらあった。

マリアは、早苗の手前、幸せにならなければいけないとも思っていた。

まだまだ未熟な少年少女だった頃の話とはいえ、気持ちの上で、始まりは早苗から隆徳を奪った形だったから。

そう、マリアは勝者だ。

勝者は、今後も勝ち続けなければならない。







あれは、もう10年以上前になるだろうか。

ちょうど大学に入ったばかりの頃。

マリアと隆徳と早苗は、繊細な関係を保ち続けていた。

早苗はすぐに撤回したものの、一度はマリアに隆徳と付き合わないでくれと、自分から取らないでくれと懇願してきたことがある。

マリアは、そのことを忘れていない。

そして、隆徳とマリアが付き合いだして、そんなに経たずに、早苗は自分の恋人と別れている。

二人にいざこざがあったことを知らない隆徳は、それまで通り早苗と接し、おそらくマリアとの交際報告や、恋愛相談を逐一していたと思われる。

マリアは、何があっても隆徳を信じるという強い想いがあったから、例えば他の女の子と何かがありそうであっても決して疑わなかった。

しかし、事実、マリアが知っているかはさておき、この頃の隆徳はいろんな意味で大学生活をエンジョイしていた。

元々、女の子が放っておかないタイプの隆徳に誘惑の声がかからないわけもなかった。

マリア自身、異性がよりどりみどりに寄ってくる女性であったから、隆徳の交友関係にもそれなりの予測はあったし、多少なり寛容な部分も持ち合わせていた。

隆徳がマリアのことを一番に想ってくれている以上は、嘘でも信じる。

それがマリアの愛し方、信念だった。

だが、そんなマリアを早苗は良しとしなかった。

おそらく、隆徳の悪業三昧を直接本人から聞いていたからだろう。

誰とコンパしただの、街行く誰とデートしただの、サークルの誰と寝ただの、そんな隆徳の戯れ言を早苗は全て知っていた。

だから、「私は隆徳くんを信じてるの」「隆徳くんはそんなことしないわ」と真顔で言い放つマリアが哀れで、滑稽で、憎らしかったのだろう。

どんなに早苗が親切心で忠告したところで、過去のあのやりとりがある限り、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだから。

早苗は、馬鹿みたいに信頼しきっているマリアを見ると、ストレスだったようだ。

真実は違うのだ。

隆徳は何度も何度も浮気をしているのだ。

どうして、そんなことも分からないのか。

早苗は、マリアに気付かせたくて、いつも苛々としていた。

だから、毎晩のように隆徳から恋の武勇伝や、マリアが信じ切っている話を聞いては、共にマリアを嘲笑った。

でもマリアは、それに全部気付いていたのだ。

早苗と隆徳がついに幼なじみの一線を越えた夜のことも、マリアは知っていた。

もちろん隆徳がそれを明かす事はなかったけれど。

早苗は何度となく、挑戦的にマリアに言った。

「信じてる、信じてるっていうけどさ、八木はマリアのこと裏切ってるかもしれないじゃん」

言外に、私たちはあんたを騙してセックスしたのよと匂わせる。

早苗は憐れなくらいに必死にアピールしてきた。

ただし、隆徳に知られたらまずいのだろう、明言することは絶対にしなかった。

だから何なのか。

隆徳は否定している。

誰と何をしようが、最終的にマリアのもとに帰ってきている。

彼が否定している限り、それはマリアの世界に於いて真実ではない。

隆徳はマリアを一番に愛しているから、隠すのだ。

バレなければ、知らなければ、それは空想だ。

相手が早苗であろうと、過ちでしかない。

マリアは隆徳を一点の曇りもなく信じたし、早苗は酷い事を平気で言う嘘つきだ。

「そんな話をして私を悩ませるのが嬉しいの?」

隆徳はこれまで通り、早苗と幼なじみとして接していたが、一方マリアは早苗とは絶交した。

くだらない妄想癖のある女だと切って捨てた。

だって、信じているんだから。


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* 第六話 * ~マリアの場合~ ?

見覚えのあるものに対して、音を立てて奉仕する見知らぬ女。

ムービーの中の出来事は、架空ではないと悟った。

登場人物は、紛れもなく、この隣に寝ている者だと。


マリアは自分の携帯電話を持って、寝室を出た。

部屋の外で気付かれないよう、速やかに自分のSDカードを隆徳の携帯電話に挿入し、ムービーを保存した。

見たくもないのに釘づけになってしまう。


寝室に戻り自分の携帯電話を置くと、子供たちを起こさないように気を付けながら、隆徳を叩き起こした。

不思議と冷静だった。

「な…、どした?」

首根っ子を掴んで、引っ張りあげた。

そのまま寝室から押し出す。

「なんなんだよ、明日も早いのに」

眠気眼をこすりながら、隆徳はマリアに抗議した。

「これ何」

隆徳の目の前に、水戸黄門よろしく、携帯電話のムービー画面を突き出した。

一瞬にして顔色が変わり、明らかに動揺した様子の隆徳の表情が全てだった。

「こ、これはダウンロードしたんだ」

「私があなたのこれを見間違えると思うの?」

こんな一大事なのに、隆徳は眠気には勝てなかったらしい。

「ごめんなさい」

あっさりと白旗を揚げた。

マリアはこれにも衝撃を受けた。

 ― 否定しないの?

これだけ明らかな証拠を見ても、心のどこかでは認めてほしくなかった。

「じゃ、このメールもロック解除してよ」

そう言われた隆徳は一層慌てた様子で、携帯をいじりだした。

「いや、これは…」

「見せなさいよ。パスワードは何なのよ」

「9393…」

 ― 久美、久美?

マリアは自分の血の気が引いていくのを克明に感じた。

「や、でも、これは、お前には読ませたくない」

その言葉だけで、よほど熱いメッセージが交わされていた事は容易に想像できた。

マリアのことも愛してないだのと送っていたのかもしれない。

怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだった。

「…すぐさま別れて」

マリアはそう告げるのが精一杯だった。





 ― 信じていたのに。

その途端、数年前の記憶が蘇った。

「信じるって何?マリア、バカなんじゃないの!」

そう、あれは高田早苗の声だった…。



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* 第六話 * ~マリアの場合~ ①

八木マリアは、暗い部屋の布団の中で携帯電話をいじっていた。


さっきまで、一緒にああだこうだ言っていた夫の隆徳は、いつのまにか寝息を立てていた。


二人の間には、小さな男の子と、女の子の赤ちゃんがスヤスヤと寝ていた。


昨日、みんなで、隆徳の新しい携帯電話を買いに行った。


隆徳は、あまり携帯の機能やら何やらに興味がないので、マリアが代わって着メロの設定をしていた。


 ―― んー、何がいいかな、やっぱり隆徳の好きなサザンかな…あれ、このサイトじゃ取れないのか。


いろいろサイトを見て、適当に曲を買っていく。


 ―― あ、これいいかも。保存…っと。


或る程度まとめて曲を保存して、そのあと電話帳に入っている誰某の番号専用に曲を設定していく。


マリアは、そういう細かいことが好きだった。


ふと時計を見ると、0時をまわっていた。


数時間後に赤ちゃんがお腹をすかせて起きてしまうまでに、少しでも眠っておかないと。


あとこれだけやって終わろうと思った矢先、持っていた携帯にメールが入った。


「わっ」


ちょうど何かを押したところだったので、そのまま受信BOXが開かれてしまった。


隆徳が所属しているスポーツクラブチームからの練習試合のお知らせだった。


「パパ」


小声で呼んだが、起きないようだったので、まあ、いいかと目線を携帯に戻した。


開いてしまった受信BOXからひとつ戻ると、昨日はなかった【仕事】というフォルダが新しく作られていた。


「?」


不思議に思って、送信BOXの方も見てみると、やはり【仕事】というフォルダがあった。


隆徳は或る会社の営業である。


営業報告を携帯のメールで会社に送るので、それかなと思ったが、さっき通常の受信BOXにそれらしきメールは数通残っていたことに気付いた。


何の気なしに、【仕事】フォルダを開くと、ロックがかかっていた。


隆徳にしては珍しいことをする。


いつも大体において使われる暗証番号を入力した。


開かなかった。


いくつか思いつく限り、入れては試したが、すべて受け付けなかった。


嫌な予感がマリアの全身をかけめぐった。


今までしたことがなかったが、送受信メールをすべてチェックした。


仕事関係のメールだけだった。


昨日買い換えたばかりの携帯電話だから、そう大した数のメールもない。


しかし、【仕事】のフォルダをわざわざ作っておきながら、すべてそちらに移動させていないことに不審を覚えた。


マリアは、新規メール作成画面にすると、〔あ〕から順に予測変換をした。


〔あ〕で、いきなり「愛してる」と出た。


その段階でマリアの中で、何かが確定した。


順を追っていくと、〔く〕で、「久美」。


〔ち〕で、「ちゅー」。


〔だ〕で、「抱きしめたい」。


など、血圧がどんどん上がりそうな語句が現れた。


電話帳で「久美」とつく名前を探した。


隆徳の友達で久美という名前の子は記憶にない。


それは、あっさりと見つかった。


 ―― 宮尾久美。


マリアは頭が混乱していた。


しかし、もっと証拠を、もっと証拠を、そうマリアの親指は求めていた。


どこをどう押したかも分からない。


ひたすら指を動かし続けた。


急に携帯画面がムービー画面に変わった。


無意識に音量を下げる。


マリアはこれまでに味わったことのない衝撃を受けた。


脳天から爪先まで電流が走るようだった。


自分でも信じられないくらいに、ぶるぶると震えだしていた。


それは、ひとりの女がカメラに目線を向けて、媚を売りながら、一生懸命に頭を上下に動かしている映像だった。



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あとがき解説 その1

5話書き終えてみて、言い訳でもしてみようかと思います。




第一話 「珠子の場合」

・雨宮珠子(19)(29くらい?)

過去の恋愛が納得して終わっていないと、その後の決断の時に引きずるんじゃないかなーってな感じの話です。

若い頃の珠子が好きになった貴昭君は、もしかしたら女性がダメだったのかも!?なんて、書き終わってから、また人物設定を追いかけてしまっています。


このブログを始めて、最初のお話です。

緊張して書いてたし、小説!って意識しすぎてて、固いなーって感じですね。

第一話なだけあって、ここから読まれる方が多いと思うので、正直恥ずかしい出来です。

好きになった過程が弱いというご意見をいただきました。

独りよがりな書き方だったかなーと…。

けど、私の中でこれが精一杯で、修正も出来なくてすみません。



第二話 「佐和子の場合」


・小椋佐和子(25)


平均より少し遅い(?)歳での処女喪失の話です。

自分自身、処女を捨てることに焦っていた時期があったように思います。

年齢を重ねてから、もっと大事にすべきだったなと、周りの風潮に煽られていたことを痛切に感じます。

それと、旅の恥は掻き捨て的な、リゾラバ(死語)な思い切りを絡めてみました。

遊びで抱いた相手が処女だったら、正和君のように焦るんだろうな。

でも、大事な人が処女だったら嬉しいです…よね?




第三話 「亜弓の場合」


・潮田亜弓(26くらい?)


W不倫に片足突っ込んで、踏み込めなかった二人を描きました。

赤ちゃんのおかげで?

赤ちゃんのせいで?

どう取るかは、読み手次第ですが。

輝元君のような、ちょっとズルい男性は結構いるんじゃないかなーと推測してます。

多分、ホッとしたんじゃないかなと。
世の中の奥さん、気をつけてください。



第四話 「早苗の場合」


・高田早苗(17か18)


グッと若返って、高校生3年生です。

今で言う素敵女子のマリアとのバトルですが、結局、いろんな葛藤で身を引いてしまう。

幼馴染の男の子に彼女が出来て、心穏やかじゃなくなることって、意外とあるんじゃないかなと。

自分だけが知っていると思っていたいろいろをどんどん塗り替えられていくのは、面白くないです。

次は、大人になった早苗たちを書こうと予定しています。



第五話 「潤奈の場合」


・富澤潤奈(22)


出会い系を取り上げてみました。

設定としては、昔、京都での出会い系殺人があった頃とほぼ同時期で、まだ今ほど出会い系が浸透していなくて、危険な認識もあまりなかった頃をチョイスしました。

イマドキだともっと違うんだろうなと想像しています。

それを意識しすぎちゃって、この話だけ妙に固有名詞や時代背景を強調してしまってます(汗)。

だらだらと長引いてしまう前に、ちょっと強引に終わらせてしまいました。

なんか、どんどんズレて、ホラー寄りになりそうだったので。

あと、キャライメージを押しつけるとしたら【HARU】は徳井とか庄司ですかね~。




気付いている人もいるかもしれませんが、各話の登場人物たちは恋路の世界で、一応つながっています。

年代はバラけますが、どこで誰がつながっているのか探してみるのも一興かもしれません。


 香月 瞬

 

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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ⑨終

潤奈は大きく深呼吸すると、席に戻った。


待っていた妙子は新しい飲み物を頼んでおいてくれた。


「おつ」


妙子が潤奈のグラスに自分のグラスを合わせた。


潤奈は鼻の下を掻きながら、照れ臭そうに笑った。


「よしっ、今夜は奢っちゃうよー、飲んでください、妙子様!」


「つーかさ、宇多田ヒカルって子の曲、聴いた?」


「あー、Automaticだっけ。いいよね、あれ」


いつも妙子には救われる。


多少、出し抜こうとした自分を猛烈に恥じた。







ホロ酔いで家に帰った潤奈は、【HARU】のアドレスと受信メールをポケットボードから削除した。


携帯からも消して、登録以外の番号や非通知設定の番号、公衆電話をも着信拒否に設定した。


こんなことで事実はリセットされないけれど。


たった一回会っただけの人など、いずれ忘れる。


ついでにポケットボードの通信をすると、一件のメールが受信された。


もしかしてとは感じたが、案の定【HARU】からだった。


件名には「最後のメール」とあった。


潤奈は気持ちを落ち着かせてから、メールを開いた。





・・・俺は、君のことを考えると、まだ胸がドキドキします。


肌を合わせてくれたあの瞬間、瞬間を、俺は忘れません。 


君が俺にしてくれたこと全てが とても嬉しかったです。


今、君を思うと、脳内にアドレナリンが溢れてきます。


たくさんたくさんアイディアが溢れてきます。


この思いを励みにこれから朝まで仕事頑張ります。


実は、これまで俺を拒んだのは、君と妻、二人だけです。


だから、余計に手に入れたくて仕方がないのかも知れません。


だけど君は、もう俺とは会いたくないようだから、これで最後にします。


俺の大好きな“真夜中のカウボーイ”、一緒に観たくて、せっかくダビングしたのに残念です。


いつか、思い出したら、観てみて下さい。


君を好きな気持ちは本物だから、証として、ハンドルネームではなく、本名で送ります。


信じてください。


俺は奇跡を待っています。


・・・山田晴樹。







「コラコラ、妻って…」


新事実もどうでもいいくらい、情けなさでいっぱいだった。


潤奈は読み終えたメールを即ゴミ箱へ移した。


脱力感。


「あほくさ」


ギュっと強く両目をつぶった。


二度と出会い系には手を出すまい。


妙子にショートメールを打った。


 ・・・イシャゴウコンハ オナガレデ!  ジュンナ





今夜は、眠れそうにない。


 ‐終‐

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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ⑧

とにかく潤奈と妙子は目に付いた居酒屋に入った。


上着も脱がずに、まずはポケットボードを取り出し、携帯とつないだ。


妙子は興味津々に画面を覗き込んでいる。


受信完了。


【HARU】の文字が並んだ。


「うわ、こわっ」


「昨日、返信しなかったから…」


ざっと目を通すと、何故返信メールがないんだということと、自分と寝た女が離れていくワケがないという自信を崩されたショックが延々と綴られていた。


携帯電話の留守番電話サービスにも一件、メッセージが入っていた。


「逃げれば追うってやつじゃないのー?」


妙子は呆れ顔で脇からメールを読んでいた。


「にしても、昨日の今日で、逃げるもなにも…」


「今流行りのストーカー気質ってことなんじゃないの?」


確かに、本名も職場も明かしていないのに、知っていることといい、その性分は否定しきれなかった。


可能性としては、鞄の中の社員証などを見られたのだろう。


「今のうちに着信拒否設定にしときなよ」


妙子のアドバイスに従って、早速、携帯電話をいじる。


そのうちに注文したお酒がきた。


「で、どんな人だったのよ?」


妙子はそれが聞きたくて仕方がないようだった。


潤奈は、渋々、重い口を開いた。


「会社やってるんだって。お金は持ってるみたい。見た目は背の高い真田広之って感じで、結構二枚目なの。けど、服装が微妙にやばくて、おでこが上がってきてるのが気になるみたいで、整髪料で一生懸命どうにかしようと頑張っちゃって、前髪がベタッとしちゃってる感じ」


一気にそう言うと、手元のグラスも傾けた。


「で、まあ、その…、ご指摘の通りすぐ寝ちゃったんだけど、それがちょっと…」


「あー、俺は巧いぞ的な?」


「うん、いいもん持ってんだろみたいな…」


「見た目からして、ナルシストな訳だー。しかもSっ気ありでー」


妙子はうんうんと頷いて、皿にサラダを取り分けた。


「いるいる、そういうの。チヤホヤされてきちゃったんだね。外見も女も仕事にも苦労してなくて。けど、ハゲてきちゃって大ショックってね」


妙子が敢えて茶化してくれているのが分かった。


「そこ持ってきて、潤奈に避けられそう?って思って、プライド傷ついちゃってそう~」


鞄の中の携帯電話がさっきから何度も光っている。


着信拒否をしても、一応、着信履歴は残る。


「きっとさ、ハッキリ振っても、俺様のセックスの良し悪しじゃなくて、ハゲてきたせいだーとかって考えそうじゃない?」


そう言って、妙子は笑い飛ばした。


「とにかくさ、電話なりメールなり、もう会う気はありませんって一回ちゃんと言った方がいいかもよ。諦め悪いかもしれないけど」


 チャララ~ララ~


潤奈の携帯電話の着メロが鳴り出した。


見ると、公衆電話からだった。


「そいつじゃないの?」


潤奈は、切ろうとしたが、妙子が制した。


「出なよ」


確かに、先延ばしになるだけだ。


潤奈は覚悟を決めて、通話ボタンを押した。






・・・やっと出てくれた。


「ごめんなさい、仕事だったので」


・・・職場にも電話したよ。


「気付いてました。でも、そういうの困るし…、大体何故勤務先を知ってるの?」


・・・ごめん。


「私は、ああいう出会い方をして、今後もお付き合いを続けるって気持ちは最初からなかったし、なんかまるで彼氏みたいな態度されても迷惑だとしか思えなくて」


潤奈はわざと冷たく突き放した。


本当は期待していたくせに。


内心、自虐的になる。


・・・俺もそんなつもりじゃなかってんけど。


受話器の向こうで【HARU】が戸惑っているのを感じた。


・・・また会いたいって言うてくれへんかった女、初めてなんや。


「え?」


・・・どんな女も俺と寝たら一発や。惚れられて当たり前。なのに、君はメールも何もくれんかったやろ。


少し、間があった。


・・・本物なんちゃうかなって、思ってん。


潤奈はわざと大きくため息をついた。


イラっとして、自分の中の悪意がむき出しになった。


「あなたの自意識過剰なセックスが合わなかっただけ。もう電話もメールもやめてね。一切の返事しないから」


【HARU】が絶句していた。


そのまま潤奈は電話を切った。


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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ⑦

ポケットボード 

ポケットボードをチェックすると【HARU】からのメールがあった。

恐る恐る開くと、今日がどれだけ素晴らしかったかといったことが延々と書かれていた。

・・・イブの日に会いたい。

・・・次は、車で迎えに行く。

・・・逗子のリゾートマンションに連れていってあげる。

・・・一日中、裸で過ごして、一緒に“真夜中のカウボーイ”を観よう。

潤奈はそれに返信せずにボードの蓋を閉じた。

「変態」

今時にリゾートマンションって、どんだけリッチなんだか…と興味がない訳でもなかったが。

確かに【HARU】のものは自慢したいのも分かるが、男って…と呆れるしかない。

極端な大きさや時間なんて、苦痛でしかないのに。



 *




翌朝、会社に向かって歩いていると、後ろから両肩を叩かれた。

「おーはよっ」

妙子だった。

妙子は潤奈の耳元で囁いた。

「昨日、エッチしたでしょ」

「なんでっ!?」

「がーにーまーたっ」

そう言って妙子は笑った。

顔から火が出るかと思った。

「さては抜け駆けしたわね?」

「ん~、まあ、そんなとこ」

潤奈はなるべく膝を擦り合わせるように歩いた。

「潤奈はさあ、寝るの早すぎるんだよ。もうちょっと考えないと痛い目見るよ」

妙子にはお見通しのようだった。

「帰りに話聞かせてよ。ちょっとだけ終わるの遅いから地下の喫茶で待ってて」

妙子はそう言うと通用口に入っていった。


今日の勤務は奇妙なことが多かった。

「富澤さんお願いしますって外線あったわよ。他の子もとったらしいから何回かあったみたい」

先輩が潤奈に伝えた。

「男の人だったし、名乗らないから、今日はいないって言ったけど。用件も言わないし」

「ありがとうございます。なんなんでしょうねー」

潤奈はいぶかしんだ。

【HARU】の顔が浮かんだが、彼に勤務先は教えた覚えはなかったし、本名だって教えていない。

名指しのクレーム電話はないわけではない。

そんなところだろうと気持ちを切り替え、地下の喫茶室へ向かった。

妙子はもう待っていた。

「そっちのが遅かったねー」

「ごめん、なんか変な電話があったって伝達されてて…」

二人は揃って、通用口を出て行った。

外に出た潤奈は目を疑った。

通用口から50mほど離れたファーストフード店の前に【HARU】が立っていたからだ。

潤奈は妙子の腕を引っ張って、慌ててきびすを返した。

「ちょ、どうしたの?」

「昨日の男がいる」

「ええっ?」

【HARU】のいる反対の方向に二人は早足で進んでいった。

脇目もふらず、どんどん歩いた。

 ― 大丈夫、気付かれなかった。

「どういうこと?彼氏気取りってこと?」

「…わからない。付き合った覚えはない。ここを教えてもいない」

外は寒いのに、潤奈の身体はカーッと熱く、体内からどんどん汗が出ている気がした。


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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ⑥

「ちょ、待って、シャワ…」


「浴びないでほしいねん」


ひとまず浴室に逃げようと思った潤奈だったが、どうにも出来ず、観念した。


 ―― もういいや。ここまで来た私が悪い。


投げやりになって、自分から服を脱いだ。


さっきより【HARU】の口臭が鼻についた。


タイツに手をかけると【HARU】が言った。


「あんな、俺と寝た女はな、絶対俺から離れられなくなんねん」


【HARU】は脱ぎたてのタイツを奪うと、片手で潤奈の両手首を合わせ持ち、それで軽く縛った。


「!?」


「大丈夫。痕にはならんから」


そう言って、【HARU】はおもむろに自分の下着をとって、屹立したものを潤奈の顔の前にあてがった。


あまりの大きさと臭いに潤奈はギョっとして、顔をそむけた。


「ほらな、すごいやろ。これ知った女はもう離れられへん」


軽くと言えども、両腕を縛られている潤奈はされるがままだった。


足の指先からひとつひとつ順番に、下から上へと、全身をザラついた舌が這っていく。


こんなに恐怖を感じているのに、意に反して身体は正直だった。


それでも外の若者たちが気になって、必死で声を殺した。


「こんなにデカイ奴、滅多に会えへんよ。君は、運がええよ」


今までの女たちが、どれだけ【HARU】の持ち物を褒めたのだろう。


ややSの気があるらしい【HARU】に、女たちはたいそう従順になったのだろう。


潤奈の気持ちが冷酷に冷めていくのを感じた。


その自信のものを潤奈の口に入れてきた。


「舐めて」


潤奈は必死に鼻での呼吸を止めた。


口に入りきらない。


喉をついて、吐き気がした。


苦しいだけなのに、こんなものを有難がった女がいたのかと思うと、馬鹿馬鹿しくなった。


【HARU】は潤奈の両脚を大きく広げると、自分はそこにしゃがんでものをブチ込んできた。


細かにグラインドを続ける。


裂けるかと思った。


潤奈の気持ちは乾いていくだけで、全然良くなかった。


長時間かかってようやく果てた【HARU】は、臭い息を弾ませながら、優しく腕のタイツをほどきながら囁いた。


「すごかったやろ…」


「そうね。とても大きくて驚いたわ」


潤奈は敢えて正直に答え、シャワーを浴びる時間さえも勿体無く思え、さっさと服を着た。




 *





どうにか無事に自宅に帰りつくことが出来た潤奈は、あまりの浅はかさに自らを呪った。


玄関からそのまま浴室へ向かった。


 ―― 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い…。


熱いシャワーを全身に浴びて、【HARU】の気配を流したかった。


ふと鏡を見ると、胸元にはくっきりと桜の花びらのような痕が残っていた。


情けなくて、涙も出なかった。


ちょっと顔が良かったから、ちょっとスタイルが良かったから、ちょっと優しいと思ったから。


だけど、怖かった。


断るのが怖かった。


首筋を触る。


変なことを口走ったら、首を絞められてしまう…。


そんな気がしたのだ。

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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ⑤

隣に座っている【HARU】の体温が、潤奈の腕に伝わってきた。


 ―― どうしよう…。


「い、今何時かな」


動揺を隠せずに、潤奈は立ち上がった。


「カップ捨ててくるよ」


【HARU】の手から空になったディッピンドッツのカップをとると、近くのゴミ箱に捨てた。


多分、このままだと身体の関係を迫られるのだろうと感じている。


今日会ったばかりの人と、このあと。


異変を察知したらしい【HARU】は、潤奈の手をとって引いた。


「カラオケ行けへん?」


そのまま【HARU】はエスカレーターの方へと向かって歩いていった。


「音楽好きなんやろ?歌声聴いてみたいし」


「う、うん、カラオケね、いいよ、行こう」


ホッとして、ノリノリで応じた。


心の中を見透かされたようで、潤奈はとても恥ずかしかった。


「よし、決まりな。カラオケのある個室でええよな」


「そ…、そうだね、カラオケカラオケ」


下りのエスカレーターに足を乗せる。


一人のスペースでいっぱいになってしまう幅のないエスカレーターを二人は前後になって下っていった。


前に乗った潤奈の首筋に冷たい感覚が走った。


「首、細いな…」


背後から首に触れた【HARU】の両手を潤奈の右手が押さえた。


「きゅってすぐ絞まっちゃいそうな細い首…」


全身をゾワっと何かが駆け巡った。







外に出ると、もう辺りは薄暗くなっていた。


街中はイルミネーションで輝いている。


【HARU】は、ずっと潤奈の手を離さなかった。


華やかなのに埃っぽい新宿の裏路地を進んだ。


「この辺にあったかなー、カラオケのある部屋」


握っている手に軽く力が入った。


潤奈はそこで初めて気付いたのだ。


 ―― あ、ホテル、探してる…?


さっきはあまり深く考えずにカラオケだということしか頭になかった。


「ここあるか聞いてくるわ」


【HARU】は、白いキレイめなラブホテルの受付に向かった。


手は離してくれない。


「どうする?ここはカラオケないんやって」


「じゃ、じゃあダメだよ、歌いに行くんだから」


潤奈はそう答えるのが精一杯だった。


腰が引けているのは自分でもよく分かるが、今更帰るとは言い出せない。


さっき触られた首の感覚が蘇った。


「向こうにカラオケボックスいっぱいあるんじゃない?」


途端、黙れと言わんばかりに、潤奈の唇が塞がれた。


「こういうことがしたくて今日来たんやろ?」


【HARU】の声のトーンが低くなっていた。


強めの口臭がした。


潤奈は思考が停止した。


怖かった。


周囲を行き交う人々は、そんな二人に目もくれない。


「さ、こっちはどうやろ、おばちゃーん」


少し歩いたところにあった古そうなホテルのおばさんに【HARU】は気さくに声をかけた。


「そうそう、カラオケないと駄目やねん」


あまりのボロ加減に潤奈は逆に圧倒されていた。


 ―― こんなところで…?


だったら、カラオケだなんていう建前にこだわらずに、さっきのキレイなホテルに入っておけば良かった。


少しズレた後悔をしていると、手をグイと引っ張られた。


「あるって、カラオケ」


狭い階段をギシギシ言わせて昇った。


昇りきったすぐ脇には引き戸が少し開いた部屋があり、数人の若者がガヤガヤと騒いでいた。


連れ込まれた部屋の鍵も閉まるのか閉まらないのか、怪しい。


とんでもなく狭く汚い部屋には間違いなくカラオケのセットがあった。


用意された時代遅れのカラオケの歌本を申し訳程度にパラパラとめくった。


部屋の戸を閉めても、先ほどの若者たちの声が少し聞こえる。


「ちょっと待って、こんなところでカラオケなんか歌えないよ」


ここでマイクを使うのは憚られた。


「じゃ、やめよか」


【HARU】の腕が潤奈の肩に伸び、そのまま病気になりそうなベッドに押し倒された。


 ―― 今日、人と会うって、妙子に言っておくんだったな…。


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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ④

新宿の街並はクリスマスの装飾でいっぱいだった。

潤奈は緊張の面持ちで、お昼のアルタ前を素通りした。

冷静に考えると、軽率だったなと思う。

メールでのやりとりでは丁寧で誠実だと感じたが、しょせんは出会い系サイトからの始まり。

いわゆるテレクラがメールになったようなものだろう。

出会いの先には男女の関係が待っているかもしれない。

妙にイケメンなことを期待してしまっているのも否定できない。

実は、それなりにムダ毛の処理なんかもしてきてしまったことに、潤奈自身多少の嫌悪感を抱いていた。

身体が少し汗ばんでいる。

今日は意外と気温が高かったのか、気持ちのせいか。

タカノの前に着き、携帯電話を取り出そうとした時、ひとりの男性が目に入った。

背がスラリと高めで、顔が小さい。

あまりファッションセンスはいただけなかったが、勘で、あれが【HARU】なのではないかと感じた。

向こうも視線に気付いて、目を合わせた。

電話をかけようと親指でボタンを押し掛けた時、その彼が潤奈の前に立った。

「【HARU】…さん?」

と潤奈が見上げると、ニセ真田広之が笑った。

「やっぱりや。そんな気ィしたわ~」

「は、はじめまして」

想定外の関西弁に面食らう潤奈だった。

「とりあえず、中でお茶しよか」

二人はタカノの中へ入った。

【HARU】は、自分で書いていた通りの外見をしていた。

服はともかく、中身はかなり二枚目の部類だった。

出会い系一発目で、大物が釣れたなと潤奈は思った。

聞くところによれば、出身は大阪の端っこで、今は東京で個人事務所を立ち上げたばかりだという。

どんな仕事かは明かしてもらえなかったが、まだ会社勤めだった頃にミュージカル等に携わったことがあるらしい。

芸能関係なのかと、妙子に頼らなくても簡単に華やかな世界とは通じるもんだなと得意になった。

潤奈は紅茶を飲みながら、フルーツパフェをパクつく【HARU】を観察した。

 ―― 7つ上?ちょっとオデコが来てるのはしょうがないのかな。顔がいいんだから、贅沢を言っちゃいけないか。

「この後、どこか行きます?」

「俺な、新宿のジョイポリスまだ行ったことないねん」

潤奈はゲームセンター的な場所は好きではなかったが、任せることにした。

「せっかくやから、デートらしいことしようや」

【HARU】は潤奈の手を握った。





新宿ジョイポリスに入ると、【HARU】は子どものようにはしゃいで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。

「彼女もおらんと、なかなかこんなとこ来られへんもんなー」

普段だったら、こういうところに来ても、潤奈は傍で見ているだけだったが、今回は思い切っていろいろなゲームに挑戦してみた。

二人で一緒にトロッコを漕いだり、ワニワニパニックに興じたり、それはそれで楽しかった。

「なんや、このアイスー!?」

どうやら甘いものに目がないらしい【HARU】は、ディッピンドッツというアイスに大喜びしていた。

カラフルで冷たいつぶつぶがたくさん入ったカップを持って大の男がニコニコしている姿を見るのも悪くはなかった。

 ―― いい人かもしれないな。

潤奈は漠然とそう感じていた。

「俺な、インターネットで人と会うなんてどないやねんて思ってたんやけど、今日から考え改めるわー」

「え、会うの初めてなの?」

【HARU】はきょとんとした顔を見せた。

「なんで?」

「いやー、慣れてるのかなって…、ちょっと思ってたから」

「あほー、こんなんしょっちゅうやらへんわ。気持ちがもたんよ」

ディッピンドッツを食べ終えた【HARU】は、真面目な顔をしてこう言った。

「君やったから、会いたいって思ってんで」

潤奈はドキリとした。

【HARU】は突然、両手を上に伸ばし、大きな声を出した。

「あーあ、楽しかった。これから何しよか」

目が何かを物語っていた。

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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ③

その日一日、潤奈は仕事が手につかなかった。


朝の通勤中に電車内で、【HARU】にメールをしたのだ。


職場内は休憩中と言えども、電波が建物内に入らないので、メールチェックが出来ない。


普段から早く帰りたいのは山々だが、今日ほど退勤時間が待ち遠しい日はなかった。


通用口に出ると妙子が待っていた。


「ねー、後輩がさ、テレビ局の人とのパーティーの話持って来たんだけど、どうする?」


「あらー、華やかだねえ」


「なんか笑う犬だかに出てる若手芸人とか来るらしいんだけど」


「へー、でも芸人興味ないし、パス。エレガだけで行ってー」


潤奈は、妙子然り表舞台で男受けする女たちには、少々の引け目を感じていたので、あまりに豪華なニオイのする場は得意ではない。


「そうそう、今日ね」


潤奈はわざと話題を変えた。


「10時に札幌出た飛行機、何時頃に羽田着くかわかる?って電話来てー」


「航空会社に聞けよって」


「でしょ、ワケわかんないよね。調べちゃったけどさ」


当たり障りのない話をしながら、今日は男の話をしないようにした。


話したら、【HARU】のことも喋ってしまいそうだったし、なんとなく後ろめたくもあったからだ。


出会い系で1対1を求めるなんて、いくら妙子にでもみっともなくて言えなかった。


「こっちも相変わらず~。なんで“上でございまーす”って身振りまでつけて呼び込んでるのに、“下?下?”って寄ってくるんだろ。マジでお客うざいよねぇ」


「あー、至近距離でこうやってんだろ!って?」


潤奈は大袈裟に目の前で右手を上に向けた。




 *




潤奈は【HARU】からのメールを受信した。


 ―― よかった、返事来てた。


まるで、恋人からのように心が躍った。


好きな音楽の話題で盛り上がった。


潤奈は80年代の洋楽が好きで、【HARU】はその辺の音楽にとても詳しかった。


仕事の愚痴も書いた。


【HARU】は年上らしく、いつもアドバイスをくれた。


何かオススメの映画はあるかと尋ねてみた。


“真夜中のカウボーイ”が好きだから、今度一緒にビデオを観ないかと誘われた。


いつか会えるといいね、と返事をした。


よかったら電話をくださいと携帯電話の番号が送られてきた。





数日の間に距離を縮めた潤奈と【HARU】は、ついに直接ふたりで会う約束をした。



水曜日。


13時。


新宿タカノの前で。


身長182cm。


真田広之似。


着いたら、電話を。

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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ②

キリがないので、出会いサイトの掲示板掲載を削除したあと、潤奈は届いたメールの数々に丹念に目を通した。


合コンできそうな男性たちとは別に、妙子には内緒で自分だけに合いそうな男性を探してみようと思ったからだ。


やっぱり住まいは近場で。


当然、車を持ってて。


出来れば、実家ではなく。


年収はこれくらいはないと。


エロ全開の人はご勘弁。


全てのメールに目を通し終わったあと、ひとりだけ、潤奈のお眼鏡に適った人物がいた。


【HARU/29歳】


そう表記されていた。


趣味は音楽。


なんとなく合いそうな気がした。


潤奈はドキドキしながら、ポケットボードに向かって、返信をした。


妙子と一緒だという安心感から離れて、少し怖い気もしたが、勇気を出した。


「送信…っと」


画面でコニーちゃんが笑った。






翌朝、早速、潤奈が受信箱をチェックすると、昨夜同様とてつもない数のメールが届いていた。


削除をしいしい、更に受信を続けると、ようやく【HARU】の文字を見つけた。


「やった!」


・・・返信ありがとう。


・・・質問に答えると、俺はよく真田広之とか木村一八に似ていると言われます。


・・・昔、モデルのバイトしてたことがあるから、見た目はそんな悪くないと思うよ。


・・・今もジム通ってるから、腹も出てないし。


「うわー、自信ありそうな人だなー」


若干、引き気味で読み進める。


・・・こんな俺でよかったら、メル友になってください。


「ふーん」


擬似恋愛をするには悪くないかもと潤奈はアドレス欄に【HARU】を登録した。


ふと時計を見ると、出勤時間が迫っていた。


「やばい、やばい」


潤奈は慌てて、マフラーをぐるぐる巻きにし、なんとなく足取り軽く、家を出た。


 ピピピッ ピピピッ


トートバッグからショートメールの着信音が聞こえた。


チラッと画面を見る。


・・・キノウノ ミタ! イシャ ガ ヨクナイ?タエコ


「さっすが、愛は金ですなぁ…」

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* 第五話 * ~潤奈の場合~ ①

とっぷりと日も暮れた頃、駅に向かう雑踏。

「っていうかさー、もう合コンもネタ切れじゃない?」

「そうそう、もうコマ使い果たしたよねー」

「けど、クリスマスも近いっつーのに、全然いい男いないしさー」

「面白いだけじゃねー」

「私のモットーは、ラブ・イズ・マネーですからーっ!」

ギャハハハと賑やかな二人組、富澤潤奈と大隈妙子。

大手百貨店に勤めている同期だが、実態は派遣社員である。

愛は金なりと言い放った妙子こそ華やかなエレベーターガールだったが、連れ合いである潤奈は電話交換係だ。

この二人、月数回の合コンは欠かさない。

大手の百貨店の名前はなかなかの威力で、一流企業や業界人との合コンも珍しくない。

ただし、それは花形のデパートガールの特権であり、潤奈は内勤なので、男性陣の反応はイマイチ地味だ。

そろそろ妙子の人脈も薄れてきた頃で、合コンのセッティングにしてもなかなか難しくなってきていた。

「今さ、出会いサイトってあるじゃん。それ、見てみようかなあ」

「何それ、パソコン?持ってないから潤奈に任せる~」

妙子はおっとり甘えた声で、賛同した。

「それより、この前のビンゴで当たった映画の券、“踊る大捜査線”だったんだ。誰と観にいこうかなぁ」

「あーあれさ、こんなヒットすると思わないで、室井ファンの私としちゃ、観ないわけにいかないし~。邦画って誘いにくくて、初日に映画館ひとりで行っちゃったっての」

ふたりはたわいもない話をしながら電車に乗り込んだ。





自宅に戻った潤奈は、夜中気付かれないように、親のパソコンを開いた。

検索をかけると、出るわ、出るわ。

目についた出会い系サイトにアクセスした。

「へー、男は有料なんだ?」

男性に望む条件の設定をし、とりあえず掲示板に軽いメッセージを載せてみた。

【合コン相手募集!】

メールアドレスは、パソコンではなくポケットボードのものを入力した。

名前も当然、仮名だ。

「よし」

ひとまず終えると、自室に戻って、ポケットボードを携帯電話につないだ。

「えっ?」

潤奈は目を疑った。

予想だにしなかった量のメールが、ものすごい勢いで受信箱に上がってくるではないか。

ものの数秒で容量オーバーである。

潤奈は慌てて、怪しいメッセージやポケットボードでは見ることが出来ないファイル付きのメールを削除し、職業や年齢や住まいをチェックし、いくつか返信をした。

割合的にはシステムエンジニアと名乗る男性が多いが、中には金融系や医者なんかもいた。

「すごい釣れた」

潤奈は小踊りして、妙子にショートメールを送信した。



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* 第四話 * ~早苗の場合~ ⑥終

一時間目の休み時間の間にマリアに手紙を渡した早苗は、それ以降、顔を合わさなかった。

マリアも何か思うところがあったのか、姿を現さなかった。

流石に周りの友人や早苗の彼もそんな二人の軽い異変を察知したようで、逆に早苗は一日ひとりにならずに済んで楽だった。

放課後にマリアがやってきた。

「早苗、…話ある」

「え?すぐ帰らなくていいの?今日会うんでしょ、八木と…」

「大丈夫だよ、部活後の約束だから、時間はあるの」

なんとなく早苗より八木のことを分かっている風なマリアがそこにいた。

少し、思い知らされたような気がした。

今日、八木に告白されることを理解しているんだなと改めて思った。

マリアに連れて行かれた校舎裏の中庭には、マリアの元カレがいた。

「手紙読んでいろいろ考えて、早苗とも二人で話してもらおうって思ったの」

そういうとマリアはひとり、離れた。

バツが悪そうな元カレに、早苗は振り向いて笑おうとしたが、瞬間顔が崩れた。

早苗自身、思いもよらず。

自分の瞳からあとからあとから流れ出てくる涙に驚くしかなかった。

「高田…、なんで、なんでお前が泣くんだよ…」

元カレは困惑し、遠慮がちに早苗の肩に片手を置いた。

「…ごめ…」

言葉にならなかった。

 ―― あなたとマリアが別れたのは、私のせいかもしれないんだ。

「大丈夫だよ。俺は。これからも普通でいようぜ」

うんうんと早苗は頷いた。

「確かに突然、別れ話されてビックリしたけどね。もう落ち着いたよ、俺は。だから、な?」

気を遣わせている…。

一生懸命、涙をぬぐった。

うまくは笑えなかったけど、マリアがいなくても友達だよね、そう感じた。

ポンっと大きく背中を叩かれて、早苗はマリアのもとに送り出された。



「あはは、なんで泣いてたんだろうね、私」

「早苗が別れたんじゃないのにー」

マリアは笑って、早苗と歩を合わせた。

校門を抜けて、二人は駅に向かって歩いた。

朝と違って、身体と心がちぐはぐな感じはなかった。

お互いが前を向いて、歩いているせいもあるのだろうか。

それとも、さっき流した涙に少なからず浄化作用があったのか。

「あ、じゃあ夜、多分、電話するから」

駅のホームで、マリアは思い出したようにそう言った。

早苗側の電車が先に到着し、電車内に身体が入った途端にドッと疲れが押し寄せた。

 ―― やっぱり無理してるんだな、私。

 


そして、その夜、八木とマリア二人が一緒にいる状況で、早苗に電話が来た。

「付き合うことになったからさー、よろしくねー」

八木の浮かれた声が耳に響いた。

早苗は、八木の隣で口数少なく従順そうに俯いているであろうマリアの姿を想像しながら、答えた。

「大事にしなさいよね。そうじゃなきゃ許さないから」


一生、許さないから…。


 -終-

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* 第四話 * ~早苗の場合~ ⑤

翌朝、早苗の教室。


「おはよー」


あの言い合いはなかったかのように、マリアが現れた。


「ごめんね、あのー、ゆうべ変なこと言っちゃって」


早苗は、勇気を出して詫びた。


「ううん、なんとなく気持ちはわからなくもないっていうか…。複雑だよねー、確かに。でさ、古文の予習してあったらノート貸してくれないかな」


いつもと変わらない様子に安堵しつつ、ノートを鞄から出してマリアに手渡そうとした時、早苗は自分の異変に気付いた。


 ―― あれ…?


目を合わせられないのだ。


手はマリアの方向にあるのに、顔を向けられない。


「うち、3時間目が古文だから、それまでには返してよねー」


言いつつ、目線が定まらない。


ドキドキしてきた。


心なしかいつもより早口な自分がいる。


笑顔がうまく作れない。


何より、マリアの顔を見ることが出来ない。


普段なら、始業ギリギリまで、なんだかんだ喋っているはずなのに、早く教室から出て行って欲しいと思っている。


「ごめん、ちょっとトイレ行きたいから…」


早苗は慌ててそう言うと、やっとの思いで視線をマリアに合わせた。


心と身体が別の動きをしていると感じた。


ため息が出た。


 ―― 今日、八木はマリアに告白するんだ…。


それが現実だった。


受け入れる努力をしなければならない。






授業中、早苗はマリアに手紙を書いていた。


マリアの彼…、もう元カレか…。


元カレとマリアという二人の存在は、早苗にとってセットで大事だった。


何も知らされずに、いつのまにか別れていたことに残念な気持ちでいっぱいだと。


まだ早苗に彼氏が出来る前は、よく三人でいた。


他の男子に二人きりにさせてやれよと忠告されたものだ。


それでも、元カレも嫌な顔ひとつせずに、一緒に相談に乗ってくれたりして、とても楽しかった。


だから、ちゃんと話したいと思う。


マリアと別れたから、友達付き合いはおしまいですっていうのも可笑しな話。


これからどういうスタンスでいたらいいのか、マリアは早苗にどうしてほしいのかを聞きたかった。


そんな手紙。


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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