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* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

期末テスト最終日も終わり、久々に寮に帰ってからも勉強せずにまったり出来る夜だった。


寮の電話が鳴って、一年生の友紀は急いで受話器を取りに行く。


「はい、女子十二寮、天野でございます」


「あ、俺…、喜田だけど」


腹の中に鉛が溜まったように、ズシリと気が落ちた。


「はい…、私です」


テスト期間中は流石の喜田も電話を掛けてこなかったので、非常に快適だったのだが、早速の解禁だったようだ。


「テスト、どうだった?俺、いつもよりは頑張れたと思うんだ」


彼は気分良さそうに話し出した。


このままの流れだとご褒美の話に行き着いてしまうと焦った友紀は、突然話題を変えた。


「あのっ、この間クラスの子が言ってたんですけどぉ。…気悪くしたら申し訳ないんですけど、あの、喜田さんって織田裕二に似てますよね」


 ―― 後姿だけ。


言葉を飲み込みつつ。


「あー、たまに言われるけど。親とかには、吉田栄作って言われるよ」


「あー…」


 ―― に、似てない。親、目悪すぎ。


なんだか微妙な空白を作ってしまった。


「親はありがたいよね。俺のことカッコイイって思っててくれてさ」


「はいー、そうですよねー」


言葉に気持ちが入らない。


早く電話を切ってしまいたい。


「なんか、しばらく話してなかったら、不安になっちゃったよ」


友紀の頭にピンと嫌な予感が走った。


「あっ、ちょっと」


友紀が制止する間もなく、喜田の方が早かった。


「俺のこと、好き?」


 ―― 出たっ!


「えっと…」


 ―― もうダメだ、私。自分に嘘つけない!


友紀は、ひとつ息を吸って、思い切り言葉と一緒に吐き出した。


「好きじゃないですっ」


電話から少し離れたところにいた同じ部屋の二年生と三年生がものすごい反応で友紀の方を振り向いた。


えええ?という表情で、友紀を見ている。


電話の向こうも、あっけにとられた空気を受話器越しから感じさせていた。


友紀は、段々と頭が冴えてきて、冷静にとどめの一言を発した。


「私、もう別れたいです」



叱咤激励!



* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

自習室で勉強していた友紀は、自分のノートを開いて見て唖然とした。


 ―― わかれたい


授業中に無意識に書いていたらしい。


自分自身の心の叫びだと思った。


じっと、自分の文字を眺めながら、友紀は迷っていた。


誰かに相談すべきだろうか。


頭には、鎌田さんと伊達と国語教師の顔が浮かんだ。


伊達は、このところ通学生の彼女が出来て浮かれているので、あまり役に立ちそうもない。


明日、鎌田さんに話してみようか。


彼女のことだから反対されるのがオチかもしれないなと思った。


友紀は、「別れたい」気持ちを後押ししてくれる誰かの言葉を欲していた。





 *





翌朝、教室で会った鎌田さんに昨夜書いた手紙を渡した。


一時間目。


英語のテストが終了すると、鎌田さんが友紀の席に飛んできた。


「ちょ、手紙、マジ?」


友紀は、深く頷いた。


「友紀ちゃん、もったいないよー。せっかくカッコイイ彼氏なのにぃ」


案の定の答えに、友紀は思わず苦笑する。


「でも、いつ言うの?友紀ちゃんとの約束の為に喜田さんテスト頑張っちゃってんでしょ?」


「…うん。せっかく勉強に頑張っているのに水差すのも嫌だし、かと言って、本当に全科目平均点以上取られちゃったら、約束を守れないから別れるみたいなことになっちゃうし…」


「えー、でも、要はそういう事でしょ?これ以上、深い関係にはなりたくないっていう」


鎌田さんは、少し考えて続けた。


「私だったらさ…。してみるかもな」


「何を?」


「キス。…したら、好きになるかもしれないじゃん」


「ええっ?やぁよー。好きじゃないのにそんなの出来ないって」


二時間目、始業のベルが鳴る。


「あ、最後の詰め込み出来なかった!次、日本史なのに!」


鎌田さんは慌てて席に戻っていった。


友紀の頭は日本史のテストのことより、とりあえずキスをしてみろという鎌田さんの思考に驚き、囚われていた。



叱咤激励!



* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

まもなく期末テスト。


テスト期間前は、授業は半日で終わる。


もちろん、残りの午後は勉強に充てなければいけないのだが、部活もない今、ここぞとばかりにカップルは逢引に走る。


友紀と喜田も例に漏れず、中庭で会った。


二人は、脇にある花壇の縁に並んで腰を降ろした。


 ―― だって、アイツ馬鹿だよ?


国語教師から聞いた爆弾発言(笑)を思い出し、友紀は喜田に聞いてみた。


「お勉強、苦手なんですか?」


一瞬、目を丸くした喜田は笑って答える。


「ダメだねー。大体、文系は特に、毎回赤点スレスレでどうにかなってる」


「じゃあ、私なんかと会ってないで、勉強しなきゃじゃないですか」


「なんで?会いたい気持ちのが大きいから、会ってるだけだよ」


友紀は少し心の中がモヤッとした。


花壇の縁に置いていた友紀の手の上に隣の喜田の手が重なった。


ドキッとして、動けなくなる。


正面を向いたままの二人の真ん中で重なった手と手。


友紀は振り払うことも出来ず、固まったまま目線の少し先の芝を見つめる。


「じゃあ…さ」


喜田が緊張した声を発した。


「俺、今回の期末、頑張るからさ」


友紀がチラッと喜田の足先を見遣る。


「全科目、平均点超えたら、ご褒美くれる?」


「ご褒美って?」


「キス…とか?」


重なった手から、友紀の全身に何かが駆け巡った。


喜田はバッと手をどけると、立ち上がった。


「勉強してくるっ」


それだけ言うと、驚いている友紀を残して、喜田は戻っていった。


取り残された友紀は、呆然としたまま、立ち上がれずにいた。


自分の中でひとつの答えが出た気がした。


何故なら、信じられないくらい、友紀の全身に鳥肌が立っていたから…。




叱咤激励!



* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

友紀の寮で一緒に生活する国語教師と話をする機会があった。


この学校では、男子寮でも女子寮でも各寮に一人ずつ教師が住み込んでいる。


新卒の新任教師がいる場合、生徒たちと歳も近いので、いろんな相談にも乗ってもらえるし、ざっくばらんに同性としての話もできる。


この国語教師は赴任して二年目。


この学校の卒業生でもあり、とても話しやすく、生徒たちと同じ目線を持つ人物であった。


この日は、漢文で出された宿題で疑問があったので、友紀がたまたま国語教師の部屋を訪れたのだった。


「あー、そういうことか。先生、ありがと」


疑問が解決して部屋を出ようとした時、国語教師が茶化すように友紀に声を掛けた。


「天野ぉ、あんた二年の喜田と付き合ってんだってー?」


「えー?先生にまで知られてるんですか?」


ビックリして、もう一度国語教師の隣に座りなおした。


「他の先生たちも大体知ってるよ。この学校内で誰と誰が付き合ってるって情報は早いからさー」


表向きは男女交際禁止ではあるが、教師たちもこの辺は目を瞑っているらしい。


「でさ、これ、ただの興味本位なんだけど」


国語教師が頬杖をつきながら、友紀を見やった。


「喜田って、どこがいいわけ?」


完全に女子モードになった国語教師が核心に触れてくる。


友紀は思わず笑ってしまった。


「いやさ、確かに優しいよ?でもさ~」


国語教師は、喜田の授業も担当している。


「だって、アイツ、馬鹿だよ??」


「えええ?あははは、先生、それ言いすぎですー」


「まあさ、見た目、テニスやってる時とかはカッコイイかもしれないけどね。アイツ、どんどん黒くなってて、暗闇で会うとビビるよね」


なかなか毒を吐いてくれる。


「先生、仮にも生徒ですからね、せ・い・と」


面白がって、いろいろ言って、友紀が惚気るのを期待しているのだろう。


 ―― 普通、好きだったら、この突っ込みにどうやって反論するのかな。


そんな話をしているうちに、友紀の心の中に小さい何かが引っかかるのだった。




叱咤激励!



* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

友紀と喜田の交際は、毎晩の電話と放課後に少し会って話をする程度。


喜田は、硬式テニス部で活躍していたので、放課後は部活動で忙しかったが、週に2回くらいはコートに行く前にちょろっと友紀の教室まで会いに来てくれる感じだった。


ここでは、大体寮単位で食堂へ行き、夕食をとるのが普通だが、それを抜けて二人で食事をするラブラブなカップルもいたが、友紀たちはそこまで大胆にはなれなかった。


付き合いだした当初は、周りからの冷やかしもあって、ウキウキ、にやにやしてしまう友紀であったが、段々そういう雰囲気が煩わしくなっていた。


寮生活をしていると、なかなか外出したりすることも出来ないので、二人でデートなども滅多に出来ない。


そうなると、電話が主流になる。


用事もないのに、毎晩電話で話をするのは、友紀にとって苦痛だった。


勉強をしたい日もある。


同寮のみんなと談笑したい日もある。


だけど、男子寮から電話が掛かって来れば、それは中断せねばばらない。


男子寮から電話が掛かってくるという事自体、女子にとってはステイタスなのだ。


最初のうちは、すごく胸がキュンとなって、ドキドキしながら電話口に出たものだった。


しかし、だんだんとそれをあんまり楽しめなくなった。


毎晩話すとなると、大した話題も無いので、長い沈黙が流れるのだ。


思わず、溜息が出てしまう。


そうすると決まって喜田が言う。


友紀は、その台詞がとても苦手だった。


「…俺のこと、好き?」


こう聞かれると、友紀の気持ちはスーッと冷静になる。


「そうじゃなかったら、付き合ってないじゃないですかぁ」


そう言って、友紀は誤魔化す。


「好き」だと明確に言葉に出せなかった。


だって、本当に好きかどうかなんて、よく分からない。


なんとなく、友紀は思う。


 ―― 好きだったら、こんなに電話が面倒臭いなんて、本当は思わないんだろうな。




叱咤激励!



* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

彼氏が出来た。


初めて、彼氏が出来た。


友紀は、その事実を噛み締めながら、階段を駆け上がった。


教室に戻ると、鎌田さんがいた。


「お、待ってたよ。どうなった?」


「え?」


友紀は一気にカーッと顔が熱くなるのを感じた。


「伊達君から聞いてたんだー。そんで、さっき、こっそり覗きに行っちゃったワケ」


鎌田さんは悪びれる様子もなく、そう言った。


「つ…、付き合うことになったよ、喜田さんと」


「いやーっ!ホント?すごいじゃん、友紀ちゃんったら」


鎌田さんがまるで自分のことのように喜んでくれた。


それを見ていたら、友紀もなんだか嬉しくなって、エヘヘと笑った。


「きっと今夜から早速、寮に電話来ちゃうんじゃない?」


「えー、そうかな。なんか、上級生もいるのに、気まずいね」








翌日には、噂が一気に広まっていた。


寮生活をしていると、どうしても情報が一斉に回る。


友紀ファンを公言していた男子から、朝から質問攻めにあった。


「マジで、喜田さんと付き合ってるの?」


「う、うん…、そういうことになった…」


「やっぱ、あれか、二人三脚キッカケ?」


「まあ、そういうことになるのかなぁ…」


正直、聞かれて悪い気はしなかった。


彼氏がいる。


なんだか、それだけで皆より、一歩先を歩いている気分になる。


でも、これからは、多くの生徒たちから「天野友紀は、喜田一志の彼女」として見られるということに、軽い抵抗感も覚えていた。


叱咤激励!



* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

「その…さ、この前、一緒に競技やって、あの」


喜田が本題に入った。


「可愛いなって思ったんだ」


友紀は、本気で恥ずかしくなって、下を向いた。


「で、よかったら、付き合ってくれないかな」


予想していたこととは言え、友紀はその言葉を聞いて、心臓に電流が走ったように感じた。


こうやって、ちゃんと告白されて、交際を申し込まれたのは生まれて初めてだった。


素直に嬉しかった。


だけど、友紀は迷った。


 ―― どうしよう。嬉しいけど、…好き?かな。


短い時間の中で、友紀の脳味噌はフル活動していた。


 ―― かっこいいとは思ってたけど…。付き合うって?どうしたらいいの?


「えっと…」


少し考えさせて欲しいと口に出そうとした瞬間、喜田に遮られた。


「○か×かでいいよ」


 ―― ええーっ?


喜田は、せっかちなのか照れからなのか、回答を急かした。


「イエスかノーか」


「ええと…、あの…」


実際そんなことはなかったと思うが、なんだか喜田に一歩詰め寄られた気がした。


「い、イエ…ス??」


圧迫感に負けた。


小さな声だったが、喜田は聞き逃さなかった。


「ホント?いいの?…っしゃぁ」


喜田は素直に喜んでいる。


「じゃあ、よろしく」


そう言って、握手を求めてくる。


友紀はどうにも釈然としない思いを抱えながらも、その握手に応えた。


「あれー?友紀ちゃん、何やってるのー?」


偶然、鎌田さんが通りかかって、声をかけてきた。


ビクッとして振り返ると、喜田の姿も見えたらしく、鎌田さんは「あっ」と言って舌をペロリと出した。


「失礼しましたー」


そう言って、早足でその場を去っていった。


「あはは、見られちゃったね」


「そうですね、ハハ…」


喜田と友紀は、ワケもなく笑った。


 ―― も、もう、この空気、耐えられないっ。


なんだかいっぱいいっぱいになった友紀は、「じゃ、また」とそそくさとその場を逃げ出した。


そう、何故だか逃げ出したという表現が一番正しかった。


 ―― か、か、彼氏が出来ちゃった!




叱咤激励!




* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

もうすぐ六時間目の授業が終わる。



友紀は緊張で落ち着いて椅子に腰掛けていられない。



お尻をモジモジモジモジさせていた。



友紀より前方に座っている伊達が時折振り返ってニヤリとするのが分かる。



呼び出された音楽室というのは、コの字形に作られた校舎の一階隅にある。



放課後になると、吹奏楽部の活動がある日でなければ、廊下に人がまず通らない。



曲がり角の奥まったところなので、普通に歩く分には死角になるのだ。



しかも、一階は施錠をしてある特別教室に挟まれるように廊下があるので陽光が入らず、電気がついていないとかなり薄暗い。



そんな校舎内で最も人通りの少ない廊下に呼び出されたということは、想像することはひとつしかない。



終鈴が鳴り、帰りのホームルームの頃には、友紀は吐き気をもよおしてグッタリしてきた。



机に突っ伏していると、伊達が声を掛けてきた。



「ひとりで行けるか?」



普段、不愛想な彼には珍しいことだ。



友紀は苦笑いした。



「うん、大丈夫。行ってくる」



フラリと椅子から立ち上がった。



なんだか手と足が上手く機能してない気がする程、歩き方がギクシャクする。



階段を降り、一階へ向かった。



薄暗い廊下の奥に、人のシルエットが見える。



壁に寄り掛かって、しゃがんでいるあの人は、おそらく喜田であろう。



友紀は、ひとつ深呼吸すると、軽く小走りに音楽室の前へ進んだ。



足音に気付いたのか、屈んでいた人がゆっくり立ち上がる。



「あの…、遅くなってすみません」



友紀は覗き込むようにして、声を掛けた。



間違いなく、喜田がこちらを向いた。



「あっ、ごめんね、急に。伊達に無理言っちゃったかな」



喜田の笑顔を初めて見た。



「この前はありがとね。…二人三脚」



「いえ、こちらこそ…」



 ―― なんだか前もこんな会話したかも。



空気が張り詰めていて、この場だけ、時間が止まったようだった。



「えと、話って…、何ですか?」



我ながら白々しいなと思いつつ、友紀が思い切って水を向ける。



「うん、あのさ。大体分かると思うんだけど」



「はい?」



友紀の全身がガチリと硬直した。



叱咤激励!




* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

「いっちに、いっちに」


支えられた肩から喜田の体温が伝わってくる。


息苦しさと高鳴る鼓動は走っている故か。


それとも。


友紀の頭はワケが分からなくなっていた。


喜田と友紀のチームは順調に次の走者にバトンを渡し終えた。


喜田は黙って、足のハチマキを解く。


「あ、ありがとうございました」


息の上がった友紀の声に、顔を上げる。


初めてまっすぐに顔を見てもらった気がする。


「あ、いや、こちらこそ」


そう言って立ち上がると、「じゃ」とアッサリ自分の席に戻っていった。


「どうだった?友紀ちゃん…」


走り終えた鎌田さんがやってきた。


「うん、…フツー」


ボー然と見送る喜田の後姿は、やっぱり織田裕二そっくりだった。






体育祭も終了し、なんだか緊張感の抜けた友紀は、喜田熱もなんとなく冷めていた。


当然の義務のように、足を結び、照れることすらなく肩を抱いた喜田。


 ―― なんか、つまんない。


そう友紀は感じた。


確かに、初めて男子に肩を抱かれてドキッとはしたけど、ときめいたのは自分だけだったみたいなこの敗北感…。


 ―― クール過ぎる…。


「うおぉ」と嫉妬の声を上げてくれた友紀ファンの男子の方が余程可愛げがあるってものだ。


 ―― 後姿は確かにカッコいいけど、まじまじと顔見たら、そうでもなかったし。


友紀は、周りにそう嘯いた。


教室の窓際でボーッとしていると、ガラっと音を立てて、伊達が入ってきた。


「天野さん、いる?」


友紀が驚いて顔を向けると、長身の伊達が大股でズンズンと自分のところへ来た。


少し顔を寄せ、小声で彼は言った。


「喜田さんが、お前に話あんだって」


「えっ?」


友紀は途端に動揺した。


「それって、どういうこと?」


「知らねーけど、部屋命令で頼まれたんだ」


伊達はニヤニヤしている。


「今日の放課後、音楽室の前の廊下に来いってよ?」


友紀の肩にポンと手を置いて、噛み締めるように喜田は言う。


「いい人だぞ?喜田さんは」


意味ありげな台詞に、友紀の顔はみるみる間に真っ赤に染まった。





叱咤激励!

* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

体育祭当日。


寮からは、ジャージ姿の生徒たちが続々とグラウンドに向かう。


通学の子たちも体育館の更衣室で着替えて、外に出てくる。


友紀も長めの髪を三つ編みにし、ハチマキをカチューシャのようにしてキュッと結んだ。


今日まで、喜田への意識ばっかり高まる日々だった。


思わず、喜田と同じ部屋の伊達にどんな人か聞いてしまった程だ。


「伊達君、喜田さんって嫌な人じゃないよね?」


「はあ?優しくて、いい人だよ。この間ジュース奢ってもらった」


開会式も終わり、続々と競技が始まる。


まずは徒競争でテンションを上げていく。


テント下にいるみんながみんなに声援を送る。


もうじき、二人三脚リレーの呼び出しが始まる。


「あ、そろそろだよ。友紀ちゃん、一緒に行こう」


鎌田さんが誘い出してくれた。


「緊張するね。なんか」


「うん、寮長さん、かなりマッチョだから汗臭かったりしたらどうしよう」


鎌田さんの心配に思わず吹き出す。


少し、気持ちがほぐれて、二人は待機場所に向かった。


指定の番号順に並ぶと、隣の列に喜田が立った。


喜田自身は、相手を誰だか把握していない様子で、ちょっと辺りをキョロキョロしていた。


「あ…、あの、喜田さんですよね。天野です…」


友紀は消え入りそうな声ながら、勇気を出して話しかけた。


「あ、はい。君、俺の相手?」


「そうです」


喜田は、それが分かるとサッと屈んで、ハチマキで自分の足と友紀の足とを結んだ。


そして、なんの躊躇いもなく、友紀の肩を抱き寄せると、位置に着いた。


観客席からは、友紀のことをファンだと公言している男子生徒からの嘆きの声が聞こえた。


「うおぉっ、喜田さんかよぉ」


前の走者のバトンが回ってきた。


「せーのっ」


喜田の掛け声で、友紀は右足を前に出した。



叱咤激励!

* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

とは言うものの、友紀は、他にも生徒会長がカッコイイだの、隣のクラスの誰がイケてるだの、日本史の先生が素敵だのと好奇心旺盛に他の男子をチェックしていた。


まだ、恋に恋している段階で、男女交際というものに対しても憧れはあるが、ピンと来ていない感じ。


ところで、この学校では6月末に体育祭がある。


6月も中旬に差し掛かり、応援団の練習や旗やポスターの作成に学内は活気溢れていた。


友紀たちのクラスも参加する競技の割り振りなどをして、体育祭に備えていた。


そんなに運動が得意ではない友紀は、クラス全員参加の徒競争とリレー以外は参加する競技が増えないように教室の隅で控えめにしていた。


「天野さん、他のヤツにも何か出てよ」


ついにクラス委員から声が掛かってしまい、他の生徒と一緒にあみだクジをした結果、男女混合の二人三脚リレーに出ることになってしまった。


「あー、これ、学年入り混じるんだよね。カッコイイ人と組めるといいなぁ」


「あんまり良過ぎると緊張しちゃって足もつれるよ」


「そうそう、しばらくしたら組み合わせが発表されるんじゃない?」


「友紀ちゃんが出るんじゃ、相手争奪戦になっちゃうんじゃないの?」


周りの女子はそう言って囃した。


数日後、廊下に張り出された競技の参加リストを見に行った。


誰がどの競技に出るのかというのがクラス毎、または競技毎に、全校生徒分名前が載っている。


友紀は、徒競争とクラスリレーの自分の名前を確認したあと、恐る恐る二人三脚リレーの項目に目をやった。


「あ、見て。やだ、私、5寮のマッチョな寮長さんとだ!」


一緒に見に来た同じ競技に出る鎌田さんが大笑いしながら、友紀の腕を意バシバシ叩いた。


「友紀ちゃんは…?えっと、喜田…さん?って誰」


そう言って紙面から鎌田さんが振り向くと、友紀は固まってしまっていた。


 ―― 嘘ぉ。


天野友紀と書かれた隣には、ペアとして喜田一志の名前が書かれてあった。


友紀の顔はみるみるうちに真っ赤になった。


「えー…、信じられない…」


「何、ちょっと友紀ちゃん、この先輩、誰?」


「ん、織田裕二…」


鎌田さんは、きょとんとした。


しばらく間があって。


「っえーーーっ???あの???友紀ちゃんが超クールって言ってた???」


慌てて、友紀はシーッと鎌田さんの口を覆う。


鎌田さんは小声になった。


「やったじゃん!お近づきになるチャンスだよ!」


「うん、うん」


「きゃー、嘘みたい!」


もう一度二人は、名前を確認する。


指で辿る。


天野友紀→喜田一志。


「うっわー」


思わず鼻息が荒くなる。


友紀もなんだか嬉しさが込み上げてきて、二人は手を取り合うとバタバタバタと廊下を駆けて行った。




叱咤激励!

* 第十七話 * ~友紀の場合~ ?

5月のGWも過ぎ、高校生活に慣れてくると、友紀の口数もだんだんと増えていった。


もともと頭の良い子なので…と言ったら語弊があるかもしれないが、標準語の吸収も早かったらしい。


微妙な発音も完璧にマスターしていた。


北関東辺りになると、自分はあくまでの関東出身という意識が強いせいか、自分が思っている以上に細かい発音に訛りが抜け切れないものだ。


その点は、九州や東北くらい離れていた方が、思い切れる。


と、言葉の話はこの辺にして…。


そういう訳で、友紀はどんどんと校風にも馴染み、垢抜けていった。


寮と学校と、結局は四六時中一緒にいる者たちなので、最終的にはほぼ全校生徒の顔と名前は一致していくのだが、そのスピードにはやはり差がある。


つまり、友紀は男子寮の面々に顔を覚えられるのが目立たなかった割に早かったのである。


ついでに言えば、よほど派手じゃない限り、寮に入っていない一部の通学の生徒たちの覚えは更に遅かったりする。





さて、既に女子の中でも目立っていたような子たちは、既に男女交際が始まっていた。


早い者勝ちだと言わんばかりに、あれよあれよと男女がくっついていく様は、高1特有の勢いがあるかもしれない。


その点に於いては、友紀は遅れをとった。


まだ、そこまで恋愛には目覚めていなかったのもある。


それ以上に友紀の大人しく上品に見える雰囲気から、やや男子からは崇め奉られるような、近寄りづらく、憧れの眼差しを送るのが精一杯といった独特の壁を作られてしまった感があった。


いつの間にやら、高嶺の花扱いに勝手に格上げされてしまっていた。


それが、男子寮の中ではゲーム性を帯び、二年生や三年生からのターゲットになった。


一年生たちは、同じ部屋の上級生から「天野さんのハンカチを貰って来い」だの「部活に差し入れを頼め」だの命令されてくるのだ。


友紀は、それが嫌で嫌でしょうがなかった。


もっと普通に接して欲しいのに。


同級生の男子は、上からの命令以外滅多に話しかけてこないし、時々話せたと思えば何故か敬語だったりする。


男子は子どもだな…と少し憐れみの目で見てしまう友紀であった。





しかし、そんな友紀でも実は気になる男子生徒がいた。


この学校は、廊下やどこかで上級生とすれ違ったりしたら必ず挨拶をするのが暗黙の決まり。


友紀は男子生徒とすれ違って挨拶する時、特にニヤニヤと見られるのでこれが非常に苦痛であった。


そんな中、彼だけはクールに会釈だけして、友紀に目もくれず颯爽と歩いていったのだ。


思わず、振り返って背中を見送ってしまった程だった。


後姿が、友紀の大好きな織田裕二に似ていた。


「…かっこいい」


友紀が、ドキドキしながら同寮の先輩に探りを入れると、二年生だということがわかった。


「あー、喜田じゃない?喜田一志」


「キダさんっていうんですか?」


「うん、織田裕二っぽいんでしょ?絶対そうだよ」


友紀は、名前をしっかりと頭に入れた。


そして、どうやら同じクラスの伊達和人の部屋の上級生だという情報もゲットした。




ちゃんと更新しろ!

* 第十七話 * ~友紀の場合~ ①

天野友紀。


16歳なりたてホヤホヤ。


東北のとある地から、関東のハズレにある一部寮制の共学高校に入学した。


高校には、日本全国各地からは勿論、台湾や香港辺りからも入学者が集まっている。


何が有名という訳でもないが、某宗教の教祖が創立した学校だと言えば、何故これだけ全国から集まっているかが多少は理解してもらえるだろうか。


この学校は、入学早々に二泊三日の研修旅行がある。


まだ、ろくにクラスメイトたちの顔も名前も覚えていないし、友達もできていない状況での旅行。


なかなかしんどいが、荒療治でもある。


これから3年間、寝食を共にせねばならない仲間たちとの最初の裸の付き合いの場だからだ。


積極的な子たちは、この研修旅行の間にどんどん友達を作っていく。


研修の間は上級生がいないから、その点は伸び伸びと過ごせるのが利点でもある。


不思議と関西や関東の都会から出てきた生徒たちは比較的早く馴染む。


実は、同じ日本なのに、方言の壁は意外と厚いのだ。


田舎から出てきた生徒は、もともとが良く喋る明るい子だったりしても、訛りを堂々と口に出せずに、無口になる。


まして、その地方から出てきたのが自分ひとりの場合、確実に標的になる。


当たり前だと思って発した言葉が、物笑いの種となり、最悪の場合、3年間のあだ名となってしまう。


東北から来た友紀は、まさにそんな生徒のうちの一人だった。


自分の言葉が聞き返されたりせず、ちゃんと通じるか自信が持てず、いつのまにか無口で大人しいキャラとなっていた。


中学までは元気ハツラツだった子たちが、ホームシックも手伝って、徐々に精神を病んでいく。


一年生の一学期の時点で寮を脱走する者、退学する者は、想像以上に多い。


ただ、友紀の救いは、勉強が出来、東京の子に負けないくらい流行に敏感で、容姿が抜群に良かったこと。


先生からの信頼は厚くなるし、男子からもチェックされる。


女子からですらチヤホヤされる。


友紀は、確実にこの学校での地位を築いていき、徐々に標準語にも慣れていった。


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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?終

意地っ張り。


この一言に尽きる。


「もう来てくれなくていいから」


里実は、あの時の麻弥子の言葉にカチンと来て、その後は二度と面会に行かず、おそらく保釈されたであろうその後も連絡を取らなかった。


気にならなかったと言ったら、嘘になる。


あんなに心配したのに。


麻弥子の方が一方的に里実を頼ったくせに。


そんな想いと、真実が明らかになる恐れと…。


里実が、勝手な想像と独断であの事務所に対して余計なことをした後ろめたさ。


絶対に麻弥子には知られたくなかった。


そして、6年の時を経た今でも、驚愕のニュースが飛び込んできたあの瞬間を里実は忘れはしない。







そう、もうあのギタリストはこの世には、いない。







風の噂では、麻弥子は地元に戻っているらしい。


麻弥子が参加しなかった同窓会で、そんな話を聞いた。


「なんだか精神病んじゃって、引きこもりらしいよ。里実、何か知らないの?」


「麻弥子が東京に出てから連絡とってたのって、里実だけなんでしょ」


同級生から、いろいろ訪ねられたが、里実は曖昧に笑うだけだった。


 ― 半分は、私のせいかもしれない…。


ズシリと心に重りが乗っかった気分だった。







里実の想像はこうだ。


かの人気バンドのギタリストと不倫の関係にあった麻弥子は、彼が覚せい剤に手を染めていたことを知っていたと思う。


彼の家族はそれを知って、離婚に向けて別居したとも考えられる。


麻弥子は、彼が直接売人と接触しないように、買い付ける役割を担っていた。


そして、麻弥子が逮捕された日の非通知の着信。


あれは、ひょっとして、彼がなかなか戻らない麻弥子を心配して、なんらかの理由で彼女から知らされていた里実の携帯電話に掛けてきたのかもしれない。


里実からの電話で麻弥子の名と逮捕を聞いた事務所は、ヤバいことが表沙汰になる前に、彼を海外に高飛びさせたんじゃないだろうか。


麻弥子は全部分かってて、愛するが故に必死で隠し通し、彼を守ったのだと思う。


ただ、彼の死因は事故とも自殺とも、単に心不全としか発表されておらず、覚せい剤の影響があったのかどうか、一般人の里実には知る由もない。


いや、だが、こんなの絵空事だし、そもそも本当に麻弥子と彼が面識があったのかということすら定かではないのだ。


なんの証拠もない。


麻弥子は、あのギタリストと深い仲だったのだろうか。


それとも、ファンの行き過ぎた妄想だったのか。


もしくは、実は彼女が単独でクスリに手を出していて、あっちの世界の住人になってしまっていたのか。




わからない。


わからない。




 -終-


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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

ところが、おかしなことになった。


通勤途中、駅の購買でスポーツ誌の一面に里実の目は釘付けになった。


【活動停止!?】の文字が躍る。


思わず、里実は新聞を手にとった。


「…なんで?」


そこには、例のバンドが突然の活動停止と書かれていた。


メンバーの海外留学が主な理由で、その期間が終わるまで、このバンドとしての音楽活動はお休みするということだった。


将来の海外デビューを視野に入れての、前向きなものとなっていたが、里実の心はひっかかった。


偶然だったらいい。


だけど、もし里実の不用意な電話のせいだったとしたら。


麻弥子だけが彼らの犠牲になるのだろうか。


確定ではない、これは想像なんだと里実は自分に言い聞かせながら、もう一度麻弥子の拘留先に行こうと思った。








麻弥子は先日とは打って変わって少し明るい表情だった。


「里実、ありがとう。実は昨日、久々に家族と会ったのよ」


親御さんと顔を合わせて、精神的に救われたものがあったのかもしれない。


「そう、元気そうでよかった。ちゃんと食べてる?」


「うん、食べてるし。疑いも晴れそうで、あと何週間かで出られると思う」


麻弥子が他と通じているという裏は取れないようだ。


里実は、ホッと息をついた。


「あの、ほら、麻弥子の好きだったあのバンド、あるじゃん?」


極力、周囲に怪しまれないように、ごく世間話の体で、里実は切り出した。


「解散はしないけど、活動停止だってよ?今朝のスポーツ新聞に出てた」


「え?」


麻弥子の顔色が変わって、またすぐに戻った。


「ギターの人が海外行くんだって」


この一瞬の間で頭の中で何かを整理したような感じだった。


表情の切り替えは素早く、見事としか言いようがなかった。


「そう、ここにいるとそんな話も全然分からなくて…。ファン失格だわね」


自嘲気味にそう応えると、立ち上がる。


「もう行くね。それを伝えに来てくれたんでしょ?」


里実に背を向けた。


「麻弥子」


「ん?」


振り返った麻弥子の表情は不思議と晴れ晴れとしていた。


「あ、里実、もうこんなとこ来てくれなくていいからね」


麻弥子が優しい声で厳しい言葉を放った。


里実はこの場で切り捨てられたと感じた。




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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

帰り道、コンビニに寄る里実。


何か作って食べる気にもなれず、軽くサンドウィッチでも買っておこうと思った。


ドリンクの冷蔵庫の扉を開けようと手を掛けた瞬間、有線からあの曲がかかる。


 ― 私の為に作ってくれた曲なの。


麻弥子はそう言った。


里実の全身は鳥肌におおわれ、その場に立ち尽くした。


「やっぱり、麻弥子、かばってるよ…」


ギタリストの顔が浮かぶ。


里実は、何も買わずにコンビニを飛び出した。


近くの本屋に入り、音楽雑誌のコーナーでバンドの所属事務所の連絡先を携帯電話にメモると、すぐさま店外に出て電話を掛けた。


 ― 私、何しようとしてるんだろう…?


勢いに任せた自分の行動が少し怖くなった。


しかし、とにかくマネージャーに繋げてもらおう。


電話がかかり、応答がある。


運良くバンドの担当マネージャーがつかまった。


里実の脚はガクガク震えている。


不審そうな男性の声が受話器から響く。


「はい、マネージャーの糸井ですが、一体何なんでしょうか?」


里実は大きく深呼吸した。


「あ、あの、何年か前にライブイベントの後に、鵜飼麻弥子さんという女性をギターの方に紹介されたことはないでしょうか?」


「はあ?あなた、何言ってんの?」


糸井マネージャーの声はいかにもイラついた感じで、里実はどんどん小さくなった。


「そんな人は知らないけど。それがどうかしましたか?」


その先を言っていいものかどうか迷った。


ほぼ好奇心のみで行動していたと思う。


里実は、えいやっと思い切って声に出した。


「数日前、鵜飼さんが警察に捕まりました。私は、そちらのメンバーの方が関わっていると思っているのです」


フッと強い息の音がした。


「イタズラですか?何の目的でこんな電話してるんですか?強請りですか?」


「違います。鵜飼さんはクスリの所持で逮捕されたんです。身に覚えはありませんかと言っているんです」


「うちの連中がクスリやってるって言いたいの?…お前、侮辱罪で訴えるぞ!」


怒鳴られ、通話は切られた。


当たり前である。


考えなしで行動するものではない。


「何、やってんだろ…、ホントに」


里実は急に怖くなって、身体からヘナヘナと力が抜けた。



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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

警察から連絡のあった翌日、里実は会社を欠勤し、麻弥子が拘置されている施設へ向かった。


覚せい剤所持。


尿検査によると、とりあえず最近に使用した形跡は見られなかったそうだ。


初犯であるし、持っていた覚せい剤も微量だった為、面会の許可も出た。


しかし、自分での使用目的でなかったとすると、仲間がいる可能性がある。


麻弥子は今、徹底的に調べられている。


しかし、ようやく自分の名前を明かしたのが逮捕されて三日目の昨日、あとは里実のこと以外は口を噤んでいるようだ。


とは言っても、携帯電話や他の所持品から身の回りのことは既に調べられているだろう。


親御さんにも連絡が行ったかもしれない。


里実は、適当に着替え等を購入し、差し入れした。


面会の場に通される。


ガラス窓の向こうから麻弥子がやってきた。


ゆらりと現れた彼女のやつれ様に里実は目を疑った。


「麻弥子!一体、どうして」


里実は思わず立ち上がって、声を荒げてしまった。


麻弥子は唇の端を少しあげて、ニヤリと笑った。


「久しぶり~」


「麻弥子っ!」


「ごめんね、迷惑掛けちゃって…。頼れる人、思いつかなくて…」


麻弥子は消え入りそうな声で話した。


「弁護士とかは?どうしたの?」


「あはは、いいのよ、そんなの。適当に国選がつくと思う…」


自嘲気味に笑って、麻弥子は里実から顔を背けた。


伏せた長い睫毛の下から一粒の涙が零れ落ちたのを里実は見逃さなかった。


 ― あの人とは今でも会ってるの?


里実は一番聞きたい言葉をぐっと飲み込んだ。


「私…、誰もかばってなんかないのよ…。最近疲れてて…。自分でやるつもりで売人から買ったの…」


麻弥子はそうつぶやいた。


「私が自分で買って…、私ひとりでやるつもりで…、なのに」


そう繰り返して、麻弥子は突っ伏した。


「誰も、誰も信じてくれないの」


声を上げて泣いている麻弥子を眺めながら、里実の心中はどんどん冷静になっていった。



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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

ある日、里実の携帯電話に非通知で電話が入った。


最近は見知らぬ番号でのワン切りが増え、掛けなおすと妙なサイトに登録されたりすることが増えているので、着信には警戒している。


しかし、非通知は珍しいので、思わず出てしまった。


「はい、もしもし?」


「あの…、鎌田里実さんの…」


「そうですけど、どちらさまですか?」


そう言うと電話は切れた。


「何…?」


怪訝に思って、携帯電話を見つめた。


男性の声。


里実の名前を知っている。


しかし、明らかに知り合いではなさそうな口調だった。


不審に思いはしたが、数日経つとそんな電話があったことも忘れてしまった。






ピピピ…。


里実が仕事から家に帰り寛いでいると、床の上に放置されたバッグの中からこもった着信音がした。


慌ててバッグから取り出すが、液晶を見た瞬間、数日前のことが思い出された。


通知されているものは見覚えのない番号。


出るのを躊躇していたが、それはしつこく着信音が鳴り続けるので渋々通話ボタンを押した。


「もしもし、鎌田里実さん?」


先日とは違う荒々しい男の声だった。


「ハイ・・・」


「えー、こちら警視庁○○署の者で、畠といいますがー」


「警察…ですか?」


何も悪い事はしていないが、里実は姿勢を正した。


「あなた、鵜飼麻弥子さんて知ってるよねえ」


「えっ?はい…、友達ですが」


まさかの名前が出てきて、飛び上がる程驚いた。


「あー、よかった。三日前から、こちらの署でお預かりしてるんですがね。今日、やっと口をきいてくれまして…」


 ― どういうこと?


「まだ身元もはっきりしてなくて、あなたになら連絡してもいいと仰ってるもんでー。しばらく居てもらわなくちゃならないんですわ。いろんな手続きあるんで、あなたに依頼したいんですけどね」


「ちょっと待ってください。どうして、警察に麻弥…鵜飼さんが?」


「最初は職務質問で引っかかったんですわ」


里実には、まったく話が理解できなかった。


掌が汗ばんでいる。


「まー、簡単に言うと、覚せい剤所持の現行犯です」




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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

里実が麻弥子の告白を聞いてから、早一年が経とうとしていた。


例のバンドは、一時期の勢いは落ちたとは言え、まだ第一線で活躍中で、新曲を出せばオリコン10位内には入る状況であった。


ハッキリ言って、里実にとっては、有名ギタリストと親友の色恋なんて夢物語としか思えず、あまり付き合いたい類の話ではなかった。


そもそも、麻弥子が彼らのライブイベントに行ったことや、実はファンクラブ会員だったこと、すべて後から知ったことだったし、こんなに長い付き合いなのに、あの打ち明け話の日まで何も気付かなかったことが友達としてなんだか許せない気持ちにもなっていたからだ。


少し、心が病んでいるのかなとすら感じた程だった。


ただ、麻弥子の方は、ずっと隠していたことを里実に話したことで、すっかり箍が緩んだらしく、何かと言うとその話題を振ってくるようになっていた。


ある夜も携帯にメールが来た。


【ネエ、イマテレビミテル?】


そのメールを見て、里実が歌番組をつけると、彼らが歌っているところだった。


【キョウノサングラス、ワタシガアゲタプレゼント】


ギタリストが定番のサングラスとはちょっと形の違った新しいものをかけて、長い金髪を振り乱していた。


「ホントかよ…?」


里実は半信半疑で映像を眺めていた。


そして、先日聞いた麻弥子の話を思い出して、溜息をついた。






奥さんと別居し始めたらしいの。


今、3ヶ月に1度くらい会えるのがやっとなんだけど、もっと会えるようになるかもしれない。


私、あの人の為なら、仕事も何も捨てても構わないと思ってる。


どこまでも着いていく覚悟は出来てる。






そう言った麻弥子の目は輝いてはいたが、里実と話しているのに、焦点は遠く、里実を通り越している。


仕事も何も捨てても構わない、そうハッキリ言った麻弥子。


「…友達も、捨てられるんだね」


里実はそう思ったが、言えなかった。


なかなか会えないらしい現状。


不倫という立場。


危うい程、一直線な熱い想い…。


思いつめてしまっているのか、麻弥子は会うたびにやつれていく気がした。


真実なんだろうか。


妄想なんだろうか。


そこが既に分からない里実は、どう対処していいのか分からなかった。



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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

「それで、部屋でどうしたの?」


里実は聞いた。


麻弥子は少しもったいぶった素振りをした。


「何もなかったの」


モジモジしつつ、少し嬉しそうな表情で、里実に顔を向けた。


「全然喋らないの。キャラ的には饒舌な人なのに、私を前にして何も喋れなくなっちゃったの」


「どうして?」


「運命の人を目の前にして、言葉を失ったってとこかしらね」


なんだか、話を聞いているのが馬鹿らしくなって、里実は席を立ち、勝手にポットから急須にお湯を入れた。


「これ、飲むよ」


「うん、でね?そうだ、あの曲知ってるよね、♪フンフンフーン…」


麻弥子が鼻歌を歌いだした。


それは、まさに彼らの代表曲とも言うべき名曲で、シングルにこそなっていないが、ファンには名高い曲だった。


「これ、私に書いてくれた曲なんだ」


「ええ?」


里実は、正直言って、その言動には呆れた。


名曲をもってして、自分の為の曲だとのたまう。


痛いファンとしか思えなかったからだ。


ただ、全面的に否定出来ないのは、このバンドの歌詞は9割がボーカル作なのだが、確かにその曲は珍しくギタリストが作詞・作曲したものであった。


歌詞の内容も、まあ、わからないでもない。


里実の心の中は、そうなのかと納得したい気持ちとこじつけだと否定したい気持ちが入り混じり、複雑な思いでいっぱいになっていた。


カップに茶を注いで、麻弥子にも渡すと、また座りなおした。


「だから、この曲聴くと、どうしても泣いちゃうんだよね。あの人の気持ちが伝わりすぎて…」


麻弥子はそう言って、頬を赤らめた。



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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ?

麻弥子と里実は、小学校の頃からずっと同じ学校に通っていた同級生であり、幼馴染である。


大人になった今でも親交は続き、麻弥子のことは誰よりもずっと近くで見てきたと里実は思っている。


とても目立つし、可愛くて活発で、同性の里実から見ても、魅力のある子だった。


高校の時からしばらく少し手痛い恋愛をして、ちょっとだけ臆病になってしまったことを除けば、今でもとても可愛らしい女性だ。


里実に比べれば、確実に男性にもモテた。


それが、なんだ?


今、テレビに映っている、しかも売れているバンドのギタリストと不倫している?


里実は、耳を疑うしかなかった。


まだ、売れない芸人だったり、芽の出ないミュージシャンなら話も分かる。


だが、麻弥子の言う相手は、日本の若い子なら誰もが知っていると言っても過言ではない程の有名人だ。


彼は、金色に染めた長髪を揺らしながら、聴き慣れたギターの旋律を奏でている。


「ど、どこで、知り合ったの?」


「ホテルの一室よ」


麻弥子は涼しい顔で答えた。


「ある日突然、彼のマネージャーさんに呼ばれたの」


テレビの中では、演奏が終わり、CMが流れた。


「指定された部屋に通されたら、あの人が待ってたのよね」


「ええ?ちょっと待って、どういうこと?」


里実にはチンプンカンプンで、思わず声を荒げて、聞き返してしまった。


「ライブイベントで、私が最前列にいたの。そこで、あの人が私を見つけてくれた」


「そんなんで呼ばれちゃうの?」


「運命感じたのよね。彼も私も」


番組はエンディングを迎え、麻弥子はテレビを消した。


「あの時、ライブの最中、あの人に急に手を掴まれて、ステージ上に上がらされてね。他のメンバーも何人か選んで、ステージに上げたんだけど」


里実はポカンとして、話に聞き入った。


「手を掴まれた瞬間、二人の身体を電流が走ったのよ。そこで分かったの」


「何が?」


「私たち、出会うべくして出会ったって」




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* 第十六話 * ~麻弥子の場合~ ①

あんまり大きな声ではいえないんだけどね。


あなたは分かってくれそうだから、話すわ。


でも、誰かに話したりしないでね。


実はね。


実は、私。


あの人と付き合っているの。


そうよ、あの人。


ええ、妻子持ちなのは、分かってるわ。


だけど、お互いを必要としているの。


運命の相手だったのよ。








真剣な目をして、鵜飼麻弥子が示す。

金曜夜8時、麻弥子の部屋にある小さなブラウン管に映し出されたもの。


有名な歌番組。


そこでは、今をときめくヒット曲やこれから売り出す新曲が流れている。


今、一昨年あたりから爆発的に売れたバンドのメンバーが、国民的司会者と共に会話をしている。


一人暮らしの麻弥子の部屋に泊まりに来ていた鎌田里実は、半信半疑で画面を指差した。


「え、こ…れ?」


「そうよ」


歌のスタンバイが始まった。


話題の連ドラの主題歌のイントロを奏で出す。


メジャーもメジャー。


そんなバンドのメンバーと今目の前にいる麻弥子が付き合っている?


里実は、いつ麻弥子が「冗談よ」と言ってくれるかと期待したが、どうやら大真面目のようだった。


「彼のギターのフレーズはいつ聴いても痺れるわよね」


「そ…そうだね」


とりあえず、里実は彼女の話を受け入れた。


麻弥子は食い入るように、テレビの向こうの彼を見つめている。


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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