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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ③

絵美のいう佑ちゃんというのは、佳澄の大学時代からの男友達である。


森中佑介といい、気が合うので、当時からよく一緒に行動していた。


というよりも、佳澄が佑介の側にいたくて、気が合うようなフリをしていたというのが正しい。


佳澄が本を読むようになったのも、彼の影響だ。


佑介が好きで、佑介を知りたくて、いつも彼の後ろをついて回っていた。


社会人になった今でも、その想いは変わらず。


だけど、佑介に気持ちは届かず。


単に、気心知れた友達同士として、彼らは付き合っている。


佳澄の周囲では、佳澄が長年の間、佑介を好きだというのは周知の事実で、だから他の男の話が出てきたのは非常に珍しいことなのだった。


「佑ちゃんはね、いいの」


「なんでよ。ずっと好きなんでしょ?」


「ウン…。そうなんだけど、なんかね、もう、ちょっと…」


 ―― しんどくなってきたんだ。


本心を口にする前に、コポコポとコーヒーメーカーが音を立てる。


「あ、出来たね。私、部長に持ってくね」


佳澄はそう言って、この話題から逃げた。


トレーを持って、給湯室から出て行った佳澄の後姿を絵美は溜息交じりに見送った。


 

 

自分の席に戻った佳澄は、携帯電話を開き、メールボックスを見た。


佑介からのメールだけはフォルダ分けしてある。


大学を卒業して、もう5年。


それ以上も長きに渡って、ずっと片想いしているなんて。


その間、一度たりとも想いを伝えたことはない。


恋愛感情を知られた時に、佑介を失うかもしれない怖さに耐えられなかったからだ。


反対に佑介が佳澄に対して、それらしき言動をとったこともない。


二人の関係は、あくまでも友情で結ばれたもの。


佑介に彼女が出来たことも何回かある。


しょっちゅう、合コンにも繰り出している。


だから、佳澄は、自分は佑介の恋愛対象にはないんだという風に自覚していた。


それをも我慢してまで、佳澄は友達としてずっと佑介の隣にいることを選んだ。


アイシテルなんて、口にさえしなければ、佳澄の立場はこれからも安泰なのだから。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ②

日課のように行っている本屋だったが、名刺など貰ってしまって、佳澄は明日からどうすべきか迷った。


行って、秋谷と顔を合わせるのも、なんだか恥ずかしい。


しかし、行かないのも自意識過剰過ぎる気がした。


そもそも、彼はどういうつもりで佳澄に名刺を渡したのだろう。


それも、こっそりと。


いつも来てくださってますね、私が店長の秋谷です。


そういう意味ならば、堂々と渡してくれればいいのに。


変に勘繰ってしまう自分が照れくさかった。


「とりあえず、読み終わったら行こうかな…」


独り言を呟くきながら、部屋着に着替える。


ベッドにごろりと横になると、一日の疲れがどっと全身を覆った。


佳澄はサイドテーブルに手を伸ばすと、オススメですよと言われた文庫本を一冊とった。


それを胸に当て、目を瞑る。


秋谷の顔がハッキリと浮かぶ。


一瞬見ただけの彼の顔がこうもありありと思い描けるとは、佳澄はなんとなく心が弾んだ。


 ―― 案外、イケてたよね…。


フフッと笑って、文庫本を開く。


読み進めていくうちにいつのまにか眠りについていた。


 

 

 翌日、会社に着いた佳澄は、同僚の絵美と給湯室でお茶の仕度をしながら、早速昨日の出来事を話した。


「ねえ、どう思う?」


「うーん?単に挨拶代わりの名刺にしては変な渡し方よねえ」


「でしょう」


絵美がコーヒーの缶を開け、分量を量りながら、フィルターに入れる。


その手がふと止まった。


「ちょっと待って。その前に、佳澄、あの人どうなったのよ」


「誰?」


「佑ちゃんとか言ったっけ?しょっちゅうご飯行くって言う彼よ!」

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ①

高橋佳澄は幸せだった。


六月に挙式を控えている。


相手は、秋谷陽平。


彼とは、枯葉の舞い散る季節に出会い、今日までとんとん拍子に話が進んだ。


本屋の雇われ店長。


お金はない。


だが、佳澄にとっては、これ以上の相手はいない、運命だと思えた。


優しくて、お洒落で、読書家で…。

 

 


二人の出会いは、秋谷の勤める本屋だった。


本好きの佳澄は、会社帰りに日課のように決まった本屋に立ち寄る。


そこが、秋谷の店だった。


佳澄は、気付いていなかったが、秋谷は前々から気になっていたらしい。


秋谷は、あまりレジには立たず、管理側にいることが多い。


出会ったその日、珍しく、秋谷がレジにいた。


佳澄が前から気になっていた文庫本を二冊見つけて、レジに差し出す。


宮部みゆきの本だった。


「宮部みゆき、好きなんですか?」


突然の男性の声にビックリして顔をあげた佳澄は、彼の柔和な笑顔に戸惑った。


「ええ、まあ…」


「これ、ハードカバーの時に読みました。なかなかオススメですよ」


店員は、文庫本にカバーをかけながら、そう話しかけてきた。


チラリとエプロンに目を向けた佳澄は、小さなプラスチックの名札に【店長:あきや】と書かれているのを確認した。


佳澄は、曖昧な笑顔を返し、つり銭を受け取って、本屋を後にした。


家に帰って、輪ゴムで留められた二冊の文庫をバッグから取り出し、早速パラパラとめくる。


「え?」


しおりの挟まっていたページが開かれたとき、目を疑った。


そこには、しおりではなく、名刺が入っていたからだ。


 ―― ○○書店 店長 秋谷陽平。


「あ…」


 ―― さっきの人…?


呆然と名刺に見入る。


佳澄は、秋谷の優しそうな笑顔を思い出して、カッと赤くなった。 

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あとがき解説 その8

第二十話 「慶子の場合」


 山本慶子(35)


後味の悪い話かもしれませんとコメント欄に書いていた通り、ややドロドロしてみました。

この話を読んで、不快に思われた方がいたとしたら、大変申し訳なく思います。

それくらい、デリケートな部分を切り取って、創作した点は、自覚しております。

まずは、お詫びを申し上げます。



不妊治療について。

ええと、実は私、ミ○シィなんぞやってたりするのですが。

ニュース記事関してコメント日記が書けるんですね。

例えば、虐待死とか事故死とか、

子どもに関する記事が上がった際にすごく目に入るんですよ、

不妊で悩んでいる方の日記が。

それから、マイ○クさんの中にも不妊治療を頑張っていた方が数名…。

現在はその甲斐あって皆さん妊娠・出産されてますが、

当時、赤ちゃん待ちだった時の彼女たちの日記での心の叫び。

それを代弁したかったっていうのが、慶子の場合が出来たキッカケです。


治療をされている方、全てに当てはまるワケではないですが、

毎月、婦人科に通って、努力されて、

何日か生理が遅れたりして「もしかして♪」と期待した矢先に

生理が来てしまって、ガックリと気落ちされる繰り返し。

どうしようもなく、心に余裕がない時期があるんですよね。

そこへ来て、友人からのおめでた報告や、できちゃった結婚、

先にも書いたような子どもが苦しむニュース等が耳に入ってくる。

赤ちゃんの顔写真入りの年賀状がまるで嫌がらせに思えたり。

ものすごくストレスを感じている方のなんと多いことか!

これは、同じ女性であっても、経験者にしか分からない苦しみかもしれません。


それから、一番は、旦那さんの協力不足。

ご自分も一緒に不妊治療に参加されている旦那さんて少ない気がします。

男性不妊もありますからね。

本当に子どもが欲しかったら、調べないと、奥さんばっかり負担になります。

で、女性としては、嫌味を言われながら会社を遅刻・早退・欠勤したり、

副作用に悩まされながら薬を飲んだり、痛い注射なんかもやってるワケですよ。

その日に確実に精子が欲しい!

それなのに、旦那さんの気分が乗らない…。

そういう時、案外、男性の方がムードなんつーものを重視しますよね。

言い訳もあるのかもしれないけど。


香月自身、不妊治療の経験はありませんが、

ホルモンバランスを崩したことがあり、

その際にタイミング療法と全く同じ治療を受けたことがあります。

私の場合、子どもが欲しくてそうしたことをやっていたのでは無いので、

授からない!というストレスに行き詰ることはなく、

故に、本当に頑張っている方の気持ちを正しく汲み取れてはいないかもしれません。

だけど、応援したかったというのが、本当のところです。



さて、慶子と輝元・詩真との絡みの件ですが。

話の中では、6年付き合った恋人同士だっただけですが、事実婚と考えて、

いや、…わかりやすく、慶子と輝元が結婚していて、

詩真との不倫の結果の略奪再婚だったとします。

だとしたら、輝元・詩真に結構な災いが将来訪れるのは間違いないと思います。

私は、不倫っていうのが本当に大嫌いで、

その挙句、略奪なんかした人には因果応報で不幸が巡ってくるというのが持論。

ちょっと過激な事を書きますが、

再婚した相手や子が亡くなってしまったり、

事業が上手くいかなくなったり、子が道を外れてしまったり…、

不思議と何かしらの罰が与えられると思ってます。

ちょっと、その考えを投影しすぎたと言いますか…、

創作とはいえ、輝元と詩真に与えた罰はやや大きすぎたかなと、

実は香月、反省を致しております。



今回、16回ということで、過去最長になりました。

本当は15回で終わりにする予定だったんですが、蛇足的に1回付け加えました。

事故を起こした永治を忘れちゃいけないと思い直したんです。

本村さんの事件や福岡であった飲酒事故とかを思い出していただけるといいんですが

変な弁護士が出てきて、加害者が全然反省を態度に表さなかったでしょう?

絶対許せないことです。

なんで、ごめんなさいが言えないのか。

そんな反省も出来ない人物と慶子を一緒には出来なかったので、

彼はきちんと事実を受け入れたよって点を書き加えたかったのです。

永治は、罪をちゃんと償える人物です。


他人の痛みを分かる人間になりたいですね。


とにもかくにも、人の生死を扱うのは、難易度が高過ぎました(〃´o`)=3

多分、もう書きません。



 香月 瞬


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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑯終

「俺…、人殺し…なのか?」


翌朝、自分の起こした事故の詳細を知った永治の狼狽ぶりは半端じゃなかった。


人を死なせてしまったという事実。


目に見えて食欲が落ち、夜は眠れない。


クッキリと隈が出来、頬はこけ、口数も少なくなっていた。


運転中の携帯電話の使用、信号無視、挙句の人身事故と物損事故…。


状況から見て、罪を逃れられるような点は微塵もない。


永治は自らの過失を素直に認め、全ての交渉を保険会社等の第三者に任せ、結論に従った。


一週間で退院出来た永治は、慶子と共にその足で各被害者宅へ向かい、謝罪して回った。


「本当に、申し訳ありませんでしたっ!」


心労でフラつきながらも、土下座せんばかりに頭を下げて回る永治。


その姿を目の当たりにした慶子は、いろんな意味でショックを受けた。


自分の夫が、誠心誠意、全身全霊をかけて、謝罪し、許しを乞う。


本当に後悔し、反省していなければ、出来ない行動だった。


これまでの慶子を顧みて、今回の事故を一歩引いた立場でしか見ていなかったことに気付いた。


当日に、輝元たちのいる病院に謝りに行った慶子は、謝罪など表向きの行動だっただけで、自分も被害者だという意識が深層心理としてあったのかもしれない。


まるで理解出来ていなかった、関わった人たちの苦しみ…。


開き直った慶子に怒りをぶつけた詩真。


美園ちゃんの前で、静かに嗚咽した輝元。


全ての非を背負い、懺悔の日々を送る永治。


悲しみを受け止める人の姿勢の意味。


ようやくそれを知った慶子は、自分自身の心の甘えを恥じた。


 ―― 私が永治を支えないで、誰がやるっていうの!?


意を決して、断られていた鈴木家へも同行した。


永治は、慶子と鈴木家の関係を知らない。


自宅に一人でいた輝元は、玄関先で永治と並んで頭を下げる慶子を一瞥した。


しかし、存在はないものとして、隣の永治と会話を交わした。


美園ちゃんは既に荼毘に付され、納骨も終わっていた。


焼香は断られ、香典も頑なに受け取ってはもらえなかったが、治療費や慰謝料の話は弁護士同士で話し合いが進んでいるとのことだった。


「奥様は…?」


永治が尋ねると、輝元は暗い表情で軽く首を横に振る。


「妻は、精神病院に入院しています」


慶子の胸が痛んだ。


輝元が気丈に続ける。


「ちょっと気持ちが遠い世界に行ってしまってますが、僕がずっと側にいるので大丈夫です」


「…そうですか」


肩を落として帰ろうとした永治を輝元が呼び止めた。


「山本さん」


永治が情けない目で輝元を見上げる。


「お子さんは、いらっしゃいますか?」


「いいえ、まだ…」


敢えての輝元の問い掛けに、慶子はドキリとした。


「もし…」


輝元は目を伏せ、二の句を継ぐことを迷っているようだった。


きゅっと唇を噛んだ後、視線を上げる。


「…もし、…お二人にお子さんが授かった時は、うちの美園の分も可愛がってあげてください」


そう、一気に告げた。


輝元の口調は厳しかったが、永治と慶子にとって、この上なく優しい言葉だった。


「はい…、はい…、必ず…」


永治は、頭を深く深く下げながら、その言葉を噛み締めていた。


ガチャリと玄関の扉が閉まる。


それでも、二人は顔を上げられなかった。


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっても、そこを動けなかった。


重い、…重い言葉だったから。










 *









 ―― 近い将来。


慶子は、永治との間の赤ちゃんを腕に抱くことになる。


 -終-

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑮

「所謂二人目不妊ってヤツで。俺もせっつかれて、よくウザがったもんだよ…」


輝元は、ベッドに横たわっている美園ちゃんの遺体を見つめながら、話していた。


「たまに上手く着床しても報われずに、ことごとく流れてさ。詩真は、ぬか喜びってのを散々味わって…」


「そう、だったの。私、知らなくて…」


慶子の言葉を遮り、輝元は続けた。


「そう考えるとさ、お前は、奇跡の子どもだったんだなあ…」


美園ちゃんに向かって震える声で投げかけるように言うと、目頭を押さえた。


「詩真は…、あいつは…、美園の事故死で…、三回も我が子の死を体験したことになるんだ…」


慶子は息苦しくなった。


「俺、…俺さ、今日、美園を亡くして初めて、詩真の気持ちが分かったんだ」


立ち上がって、美園ちゃんの身体をシーツの上から、そっと触る。


「…情けないけど…、俺には流産の辛さなんか他人事でしかなくて…。恥ずかしいよ……、やっと今日、彼女の痛みや苦しさを知るなんて…」


輝元がボロボロと涙をこぼして、泣いている。


慶子にとって、初めての光景だった。


「…みそ…の…」


輝元の涙が、次々とシーツに新しい染みを付けていく。


 ―― 私は、自分のエゴで…。


大の大人の男性が、背中を丸め、しゃくりあげて泣いている姿。


失言に対する後悔の念は、益々慶子の心をえぐった。


「詩真は、もともと心が弱かったけど、流産してからは、更に精神的に病んじゃってて」


リストカット騒動やらで、昔、散々詩真に振り回された慶子には、その様子が目に見えるようだった。


「本音言うとさ、なんで、こんな面倒な女と結婚しちゃったんだろうって。自業自得だったけど、あの時、慶子を裏切って、詩真に手を出したこと、今まで何回も後悔した…」


輝元が手で何度も涙を拭う。


「勝手だろ?…いらないって思ってたんだぜ…?」


「……」


「でも、俺、もう、誰も失いたくないよ…」


ギュっとシーツを拳で握る。


「だから…、決めたんだ」


背を向けていた輝元が、ゆっくり慶子の方へ向き直る。


「これから一生、俺が詩真を守り抜く」


慶子にとって、ガツンと殴られたような衝撃だった。


「あいつ、俺がついてないと、多分…今度こそ本当に、死んじゃうから…」


そう言うと、決心したように、扉の方へ向かって歩き出す。


慶子も慌てて立ち上がると、輝元を追った。


病院の外に出る。


先を歩いている輝元の背中は、すごく、遠かった。


「あの…」


輝元が歩みを止めて、ひとつ深呼吸をした。


「主人が退院したら、また…一緒に謝罪に伺うから…」


くるりと振り返った顔には、もう涙はなかった。


「君は、もう来ないで」


「え?」


「慶子は当事者じゃない…。あとはご主人と弁護士と保険屋とで話をする」


キッパリとした口調だった。


「もう二度と…」


最後の言葉を濁すと、輝元は病院の中へ戻っていった。


慶子は、ただ立ち尽くすしかなかった。





 ―― 私は…、許されない…。





月明かりの下、虫の声が響く。

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑭

送っていくという警察官の申し出を慶子は断り、一人で病院の外に出た。


警察官も、厄介な事に関わってしまったという態度を隠そうともせず、ホッとした表情で去っていった。


門を出ようとした時に、背後から高らかに足音が聞こえて、慶子は振り返った。


輝元が駆けて来る。


「慶子…、ちょっと、来てくれ」


輝元が驚いている慶子の手をとり、また病院へと引き返した。


何も言えず、されるがままに連れて行かれた先は、地下の霊安室だった。


重い扉を開けると、冷たい空気の中にお線香の匂いがした。


白いシーツが目に入り、慶子は思わず、目を背けてしまった。


失礼かもしれないが、顔は見られなかった。


いや、様々な葛藤から、見たくなかった。


輝元は、所在なさげにただ突っ立っている慶子にパイプ椅子を差し出し、自分も座ると口を開いた。


「さっき、慶子にとって今夜は大事な日だったって言ってたよね?それ…良かったら、聞かせてくれないか?」


慶子は躊躇ったが、輝元の真摯な姿勢に心を決めた。


美園ちゃんに対し合掌すると、そのままの姿勢で話し始めた。


「男の人には、わからない話かもしれないけど…」


そう言って、慶子は話し始めた。


「私、結婚してから、五年経つんだけど…、なかなか赤ちゃんが授からなくて。…実は、半年くらい前から、本格的に不妊治療を始めたの」


「タイミング療法ってやつか?」


輝元の知識に、少しビックリして慶子は頷く。


「知ってるのね。…今回は、いい感じで卵も育ってて、昼間、排卵させる為のHCGって注射を打ったの。排卵誘発剤。今夜、夫婦生活をもてれば、念願の妊娠の確率がとても高かった…」


「そっか…」


「でも、こういうのって、私ばっかり必死でね。主人にもついつい“今日だからね!”なんてプレッシャー掛けちゃったりして、なかなか毎月上手くいかなくって…。排卵日以外にするのも精子が勿体なく感じちゃったりね」


ふっと自嘲する。


「こんなこと言うのも何だけど、多分、テルと別れた時の詩真の妊娠が自分が思っている以上にトラウマになってるっていうか…、自分にも早く子どもが出来ないと、また誰かに盗られちゃうんじゃないかとか、被害妄想でいっぱいになっちゃってて…」


今まで、口に出せなかった思いが、あとからあとから口をついてくる。


慶子が内に秘め、引きずっていた傷を今やっと輝元に話せていることに、不謹慎ながら安堵していた。


「子どもが産めない私は女としての価値がないんじゃないかとか、なんでろくでもない母親ばっかり簡単に妊娠出来るんだろうとか、……」


慶子は、いつのまにか合掌を解いていた両の手で、顔を覆った。


「この歳になると、周りの友達が次々とおめでたを教えてくれるけど、おめでとうなんて、言えなかった…。子連れで街を歩いている他人ですら、妬ましかった…。たった一人で…どんなに努力しても…、私には得られない…んだって……」


これ以上は、涙が邪魔をして、話せなかった。


輝元が、そっと慶子の肩に手を置いて、俯いた。


掌が温かい。


 ―― テルの優しさに、甘えすぎちゃいけない。


「…詩真はね、美園のあと、二人流産してるんだ」


輝元の思わぬ言葉に、はっと顔をあげた。


「え?」

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑬

 ―― そんなんだから、簡単に死んじゃうのよ。


慶子は、自分で言おうとしたことに恐れおののいた。


 ―― なんてことを…。


「ご、ごめんなさい…」


慶子が慌てて、詩真の腕から手を離す。


詩真は、ずっと黙って泣いていたが、目だけはじっと慶子を睨み続けていた。


鎮静剤を持った医師がやってきた。


「先生、私、大丈夫です。冷静です…」


そういう詩真に、医師が静かに首を振った。


「皆さん、ここは病院ですから。ちょっと考えてください」


警察官が口を挟む。


「出来れば、今夜はもうお引取りください」


処置を済ませると、医師はそう告げ、部屋を出て行った。


「さ、行きましょう」


警察官が、慶子を促す。


慶子も頷き、輝元と詩真にもう一度頭を下げた。


「申し訳ありませんでした…」


消え入りそうな声だった。


「慶子先輩」


詩真が止めた。


「美園のこと、死んで当然って言おうとしたんですか?」


慶子は怯えた目で詩真を見た。


「自分から彼氏を奪った元凶なんか、消えたってどうってことないって。ざまあみろって?」


慶子は必死でかぶりを振って、後ずさりした。


「違う、違うの…」


今日初めて、輝元から娘の死を知らされた時、ざまぁと思った自分を消し去ってしまいたかった。


こんな形で、自分自身の心の奥底に眠った本音を知るなんて。


詩真に訪れて、慶子に訪れてくれない、女性としての幸福。


それが、積年の恨みと共に、ねじれにねじれ、愛する人の子どもを産んだ詩真を妬んでいる。


人の命をこんなに簡単に否定できる心が自分にあるなんて。


こんな悪意に満ち満ちた不健康な心身に、コウノトリなど訪れるはずもない…。


慶子は、静かに病室を去った。

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑫

詩真は目覚めると、凍りつきそうな程に冷たい視線を泣き伏している慶子に送った。


輝元が、慶子に近づこうと腰をあげようとした瞬間に、詩真の小さな声が、それでもハッキリと明確に、慶子の耳に届いた。


「帰れ」


慶子の泣き声が止まる。


「慶子先輩…?」


詩真が、落ち着いた声で、更に言葉を投げつけた。


「返してよ、美園を。…あんたの馬鹿亭主を代わりに殺してよ…」


身体を起こして、だんだん尖った感情が増して、エスカレートしていく。


「…どうして?なんで、私の幸せをいちいち邪魔するの?大事な…大事な美園がなんで死ななきゃなんないのよ!あんたが死んでよ!!私たちの目の前から消えてよ!!!」


あまりの剣幕に近くのナースステーションから看護士が飛んできた。


「鈴木さん、落ち着いてください」


輝元は、半狂乱の詩真をただ見ていた。


慶子は、下を向いたまま、顔を上げることが出来なかった。


申し訳ない気持ちは確かにある。


しかし、そこに屈辱感が混じる。


床についた両手がプルプルと震えだす。


 ―― 幸せを…邪魔する…?


慶子は拳を握った。


「どうして、あんたなのよ?美園は、輝元との大切な繋がりなのに…。なんで、いつまで経っても、私から幸せを奪おうとするの?」


泣き叫ぶ詩真の身体を警察官が必死で押さえる。


看護士が医師を呼びに病室を出て行く。


「輝元の子どもを産めたのは、輝元を幸せに出来るのは、この私なのよ!」


詩真の放言に、慶子の中の何かが切れた。


「…っざけんじゃないわよ!!」


慶子は立ち上がって、勢い、ベッドにのしかかった。


「黙って聞いてりゃ、勝手な事言ってんじゃないわよ!」


我に返った輝元が慶子を止めようと手を出したが、強く振り払われた。


「離してよっ」


「慶子、止せって」


ベッドにのっかった慶子が詩真の両肩に掴みかかり、揺さ振った。


「ねえ、幸せを邪魔したのはどっちよ?妊娠なんて卑怯な手使ってテルを私から奪っといて!」


警察官が、初めて知る事実に唖然としている。


「大体、今夜だって、私たち夫婦にとって一生を左右する大事な日だったのよ!事故はこっちが悪いかもしれないけど、急に飛び出すような躾をしている時点で、あんたの子育てに疑問を感じるわ!」


輝元がギョッとして慶子を見る。


「あの子が元凶なのよ!子どもを男を引き止める為の道具なんかにしないでよ。そんなんだから簡単に死…」


そこまで言って、慶子はハッと口を噤んだ。

 ―― 私、今、何言った…?

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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑪

永治の容態急変などはなさそうだ。


慶子は、今すぐにでも被害者のご家族に会いたいと警察官に申し出た。


警察官は、もう面会時間も終わっているし、明日でも構わないと思うと答えたが、人一人死んでいるのに遅すぎると抗議した。


分かりましたと重い腰をあげた警察官と共に、慶子は別の病院へ向かった。


名前は聞けなかった。


自分の予想が的中することが怖かった。


たとえ僅かでも、思い違いであることを願っていた。


道路は空いている。


出来れば、時間が止まってしまえばいいのに。


慶子は、ギュッと目を瞑った。


車が、病院の通用口に到着する。


ひっそりと静まり、蛍光灯のにぶい光と非常灯が煌々と照る廊下をカツカツと足音だけが響いた。


ひとつの病室の前に立つ。


ネームプレートは白いままだった。


「ここです」


警察官が言い、慶子の躊躇を無視し、コンコンとノックした。


「はい」というくぐもった返事が聞こえ、警察官がグイと扉を引いた。


慶子の眼前に広がった光景は、最も望まないものであった。


七年ぶりに会った詩真がベッドに横たわって、寝ている。


その脇の小さな椅子に腰掛けた輝元が、泣きはらした真っ赤な瞳で驚愕の表情を浮かべ、慶子を見ていた。


「やっぱり…」


お互いの案の定の落胆。


慶子は、立っていられず、その場に崩れ落ちた。


警察官が慌てて手を差し伸べたが、ぐったりと力が抜けた慶子を支えることは出来なかった。


「慶…」


輝元の声を掻き消すように、慶子は床に突っ伏して、全身で詫びた。


「も、申し訳、ありませ…」


語尾は、泣き声に混じってしまった。


その声に、詩真が目覚める。


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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑩

待合室のソファに腰掛ける。


警察官は慶子に自分の名刺を差し出し、挨拶をした。


「先ほど、ご自宅にお電話差し上げた者です」


「はい、お電話では取り乱してしまい、失礼致しました」


慶子がそう返すと、警察官は、永治の起こした事故の状況について説明を始めた。


「ええとですね、、まず事故が起こったのが、17:40頃です。○○交差点付近ですね」


慶子が、頷いた。


間違いなく、永治の通勤経路だ。


「ご主人は、運転中に携帯電話を使用されていたようですね。メール操作に夢中になって、目の前の信号が変わっていることに気付いていなかったと。前方の車が大きなトラックで信号もよく見えていなかったそうですが」


「はあ…」


慶子は、肩身を狭くした。


「で、赤信号だったにも関わらず、前の大型車が急いで突っ切ったのに釣られて勢い良くアクセルを踏んでしまったと。まあ、前の車もよろしくないんですが…」


警察官は、ひとつ咳払いをして、続けた。


「そこに、歩行者信号が青に変わった途端に横断歩道を駆け出してきた小学生の女の子がいたんですね」


慶子は、思わず息を呑む。


警察官は構わず、次に進んだ。


「そして、女の子を撥ね、慌ててブレーキを踏むも車は左方向に回転して、横転しました。その際に巻き込んだ車が二台あります」


慶子の身体全身がガタガタと震えだした。


両手で必死で自分を抱きしめるように腕を掴むが、止まらない。


「その際に、車が大破してしまい、携帯電話も壊れ、車検証も取り出せずで、山本さんの身元確認が出来なかったのです。財布や免許証も見当たらなくて…。ご本人が気が付かれるまで、連絡が出来ませんでした。その点、遅くなって申し訳ありませんでした」


 ―― 何、ベラベラ喋ってんのよ。そんなこと、どうでもいいから、早く…肝心な話を…。


慶子は、怒鳴りたかったが、声が出ない。


「その、その…、女の…子」


搾り出すように、慶子が質問をする。


「女の子は、残念ながら即死でした。両親も一緒にいたのですが、母親はその場で失神して、母子共々こことは別の病院へ搬送されています」


警察官は淡々と答えた。


「そ、それを言うのが先でしょうよ!」


やっとの思いで声を出す。


「どこ、どこの病院なんですか?急いで、謝罪に行かないと…」


慶子は、立ち上がったが、またトスンと腰から落ちてしまった。


 ―― ああ…、その子は…美園ちゃんだ。


ヒィィという息が漏れ、両手で口元を覆う。


あとから、あとから、涙が溢れた。


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* 第二十話 * ~慶子の場合~ ⑨

慶子は、とるものもとりあえず、夫の入院先の病院へ駆けつけた。


 ―― そんな馬鹿なことって…。


呼吸が荒くなる。


さっきから、胸の奥から何かが込み上げてきて、それを必死で飲み込む。


 ―― 泣いちゃダメだ。


気丈に、気を取り直して、居住まいを正す。


病院の受付で名前を言うと、ICUを案内された。


すぐさまエレベーターで指定された階へ向かう。


エレベーターが開いた先の廊下には、一人の警察官が立っていたが、慶子はそれをスルーした。


ICUの受付で名前を告げ、指示された紙に記名をし、恐る恐る中に入る。


静まり返ったその部屋は、機械音と呼吸の音だけが鳴り響いていた。


ビニールのカーテンでいくつものベッドが仕切られている。


夫の姿を見つけ、ベッドに駆け寄った。


「永治!」


夫は起きていた。


「ごめん。さっきまで気を失ってたらしいけど、こんなの大袈裟だよ」


「良かった…、無事で…」


慶子は全身の力が抜けて、へなへなと丸椅子に座り込んだ。


「事故っちゃったよ…」


へへへと慶子の夫、山本永治は苦笑した。


「笑い事じゃないわよ、もう」


ベッドの上で身動きが取れない風な永治だったが、それでも表情は元気そうで、慶子はホッとした。


「なあ、廊下に警察の人が待ってたろ。お前に話があるらしいから、行ってきて」


「…わかった」


気が重かった。


輝元の声が頭をよぎる。


 ―― 娘が死んだ…。


廊下に出ると、警察官は来た時のまま、立っていた。


「山本、永治の家内です」


慶子がそう声を掛けると、ああ!と合点のいった顔をして、頭を軽く下げた。


「ちょっと、あちらの待合室に行きましょうか」


警察官が、そう案内した。

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香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
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