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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑤

「タケちゃん…」


千春が、新曲の詞に目を通してから、俺に言った。


キーボードをいじっていた俺は手を止めて、千春の方を見る。


「これ…」


千春の手には白い紙。


それを俺に突き出した。


「私の事、好きなの?」


「そういう風にとれた?」


俺は、少し意地悪な返答をした。


今回、俺が書いた新曲は、まさに千春を伊崎から奪取するぜという宣戦布告の歌だった。


「祥太郎への悪口に受け止めた」


そう言って、千春はニヤリとした。


「いいんじゃない?それで」


俺は、そっけなく答え、立ち上がると自分の鞄から煙草を取り出そうとした。


「ふーん。ということは、これ、私への告白と考えてもいいのかしら」


俺に向かって挑戦的に白い紙をバサバサと振った。


ちょっとドギマギしたので、誤魔化すために煙草に火をつける。


煙を深く吸って、ゆっくりと吐き出した。


「祥太郎ね。疑ってるわよ。私たちの関係」


「へえ」


「私は、タケちゃんは親友よって、祥太郎に言ったの」


煙草はまだ残っていたが、俺は途中で灰皿に押し付けて消した。


千春のもとへ近づくと、手をとって椅子から立ち上がらせる。


そして、少し強く引き寄せると、俺の腕の中にフワリと千春の身体を引き寄せた。


持っていた白い紙が、宙を舞い、床に落ちていく。


千春は強く抵抗することもなく、俺の胸に頬を埋めた。


「親友って、こういうことしてもいいのかな」


俺はそう呟きながら、彼女の身体をギュッと抱きしめる。


「…タケちゃん。苦しいよ…」


「その歌詞のまんまだよ。俺は、千春を伊崎から奪いたいんだ」


少し力を緩めたら、千春が胸から顔を離して、俺の顔を見上げた。


今、この瞬間。


俺、我慢しなくてもいいよな。


潤んだ瞳を見たくなくて。


俺は、千春の唇にそっと自分の唇を重ねた。


数秒、千春は俺を受け入れてくれた。


そっと顔を離す。


千春は、俺の目を見られないようで、目を伏せたまま呟く。


「煙草で誤魔化すの、ズルいよ…」


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ④

俺と千春は急速に近づいていった。


最初は、俺の曲に彼女の音楽的才能が欲しかっただけだった。


だけど、間近でドラムを叩く千春を見てたら、本気で尊敬した。


俺は、自分で言うのもおかしな話だが、自尊心が人一倍高い。


自信家でもある。


だから、自分以上の才能って、クソだって思っていた。


でも、千春はマジでカッコいい。


とても敵わないのがよく分かった。


ヘッドホンをしながら、目を瞑って、リズムを聞いている姿。


鉛筆片手に真剣に譜面を追う姿。


そうかと思うと、俺の冗談に豪快に表情を崩して、大爆笑する。


音楽と接していない時は、ただの女の子だ。


思いがけなく、缶コーヒーを差し入れてくれたりする優しい子だ。


空き時間にパラパラとめくる女性誌や通り過ぎる時にフワリと感じる良い香りが表現する女性らしさと、あんなに全身を筋肉を躍動させて力強くドラムを叩く千春とはリンクしない。


そのギャップが、俺にはたまらなく魅力的だった。


ただひとつ。


ふと思い出した拍子に伊崎の話をする彼女だけが、俺の嫌いな千春だ。


彼女の時間を独り占めしたいと思う。


千春の恋人である伊崎から、奪いたいと思う。


千春も俺のことを意識はしてくれていると感じている。


だから時折、わざと伊崎の話を出すんだ。


「私は伊崎の女なのよ」というアピールなんだろう。


いいじゃないか。


俺は、千春を手に入れたいよ。


音楽面だけでなく、心も全て、俺一人だけのものにしたい。


それは、悪い事だろうか。


好きになってしまったら、彼女が誰のものかとか、そんなの関係ねえだろう。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ③

家に帰った俺は、ずっとドキドキが止まらなかった。


自信はあるんだ。


あの曲に反応してくれるのは間違いないと。


だけど、正直怖い部分もある。


千春があの曲を伊崎と二人で聴いて、「なんだこれ」と腐している可能性だってある。


俺の曲が笑いものにされるのだけは許せない。


いや、信じよう。


あの曲に、必ず彼女は食いついてくれる。


俺は祈るように目を瞑った。


 

 

 

翌日…。


まさかの講義前だった。


「有野君!」


振り返ると、千春だった。


昨日渡したMDを持っている。


「これ、面白かった!」


「え、あ、そう。ありがとう…」


正直、面食らっていた。


「これから講義?そんなのいいから、ちょっとコッチ来て」


活き活きした表情をパアッと輝かせて、千春は俺の腕を引っ張っていった。


中庭に連れて行かれ、どさりと芝に座り込んだ。


千春は自分のバッグからMDウォークマンを取り出す。


「はい」


イヤホンの片方を差し出された。


俺のMDを再生する。


「ここ、ここね」


曲を一時停止すると、千春は手のひらで自分の膝を叩いた。


「ここは、ツッツッタッツタツタタカタンツツツッツッツタッツタツタタカタンツツ…って繋げていくのがいいと思うの」


「うん…」


「でね、この最後のところは…」


水を得た魚のように、楽しそうにリズムを刻む千春。


柔らかい日差しが彼女をキラキラと包み込んで、俺は夢を見ているかのようだった。


「ね、聞いてる?」


つい見惚れていた俺に容赦ない突っ込みが入る。


「ほら、ここも。こうやると面白くない?」


「ああ、ホントだ。変わってていいね」


俺と千春は、そこで小一時間、その曲のアレンジについて語り合った。


「いやー、でもビックリした。有野君、こんなコミカルな曲も書けるんだね」


「ちょっとね。たまにはハメ外したくて…。あんまり無いっしょ?みんな、カッコつけたい時期だし」


「あ、思いついた!」


千春は、また新たに可笑しなアイディアを思いついて、俺に聞かせてくれた。


「うん、いいね。そのバケツみたいな音」


笑い転げているうちに、俺はすっかり時間を忘れていた。


千春はよく笑う子だった。


俺もこんなに爆笑したのは久しぶりだった気がする。


「あー、あー、苦しい。有野君と私、笑いのツボが合うねえ」


目尻の涙を拭きながら、千春はやっと一息ついた。


「ちょっと、この曲。私に叩かせてくれない?」


よっしゃ。


俺の待ち望んでいた言葉だった。


「もちろん!でも、君のバンドの方は?」


「大丈夫。抜けるワケじゃないんだから。ライブの掛け持ちくらい余裕だわ」


この場で、俺と千春はユニットを組むことが決まった。


あと2、3曲くらい一緒に作って、今度のライブに披露しようということになり、俺のテンションは目一杯上がった。


お互いの電話番号を交換する。


こんなささやかな事で幸せを感じられるとは思わなかった。


「矢板さんは…」


「それ、やめよ。千春でいいから。ね、タケちゃん!」


そう言って、悪戯っぽく笑う。


俺たちは固く握手した。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ②

俺は、果敢にもアタックすることに決めた。


正直言って、自信はある。


俺の音楽は、俺の唯一の武器だ。


講義が終わり、ちょうど練習室へ向かうところを待ち伏せた。


彼女の名は、矢板千春という。


まだ、そう親しく話したことはないが、一応、顔見知りではある。


ちょっとドキドキするが、大丈夫だ、話の内容はちゃんと考えてある。


しばらくすると、スティックを持ちながら、渡り廊下を歩いてきた千春を見つけた。


「ゲ…」


予想をしなかった訳ではなかった。


千春の隣には、伊崎の野郎がいた。


185cmはありそうなタッパ。


小さい顔に長い脚。


千春も、長丁場ドラムを叩くだけあって、締まった身体をしている。


颯爽と歩くと栗毛色の長い髪が軽快に揺れる。


遠目から見ると、悔しいくらいにハマってる。


だが、ここで引いて堪るか。


俺は勇気を出して、一歩近づいた。


先に気付いたのは伊崎の方だった。


サックスのリードを湿らせるために、それを口にくわえたまま、俺に「よう」と声を掛けてきた。


「おお」


俺も軽く手を挙げ、反応したが、お前には用はないと、すぐさま千春に声を掛けた。


「矢板さん。ちょっと頼みがあるんだけど」


千春は、驚いた表情で俺を見上げた。


「有野君…だっけ?」


よかった、名前は知られていた。


「うん。急で悪いんだけど、ちょっとコレ聴いてみてもらえないかな」


そう言って、MDを差し出した。


「?」


千春は、それをそっと受け取った。


「俺のオリジナルなんだけど、ドラムのアレンジが気に入らないんだ。矢板さんの耳で聴いてもらって、ちょっとアドバイスして欲しいんだ」


「へえ、別にいいけど、ねえ?」


千春が伊崎に同意を求める。


「うん、やってあげれば?」


くそ。


上からモノ言うんじゃねえよ。


「じゃ、明日にでも感想言うねー。これ、借りてっていいんでしょう?」


千春が俺にMDを示し、ニコっと笑う。


う、可愛い…。


「ああ、じゃあ、明日また…」


ちょっとダラけた顔で応じてしまった俺は、慌てて我を取り戻すと、伊崎に言い放ってやった。


「悪いね。彼女、ちょっと借りるね」


「ふぁーい」


リードをくわえたまま、伊崎は余裕をぶっぱなした軽い返事を俺にしてきた。


そんなんしていられるのも今だけだぜ。


俺は、練習室に向かう二人を背中から見送った。


本当の勝負は明日からだ。


見てろよ、伊崎。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ①

気に入らない。


なんで、アイツはいつも俺の周りをウロチョロしやがるのか。


俺の名前は、有野毅。


高校を卒業してすぐに、俺は音楽の専門学校に入学し、二年が経つ。


もちろんプロを目指す為だ。


俺の専門は作曲で、楽器はピアノ。


同時期に入ってきた伊崎祥太郎は、俺の一歳年上で、一応4大生でもある。


それも、小さい頃からエスカレーター式での有名私大。


実家は金持ちってことだ。


ついでに言うなら、ソアラなんかに乗って学校に来る。


とにかく、やたらと俺の癇に障る男なんだ。


アイツは、管楽器だ。


カッコつけてテナーサックスなんか吹いていやがる。


ただの趣味。


俺とは覚悟が違う。


それなのに、アイツが組んだバンドはやたらと人気があるんだ。


ボーカルのヤツは大したことないのに、そこそこのギターとベース、それに凄い才能のあるドラムの女の子がいるお陰で演奏は抜群に上手い。


それと、アイツのチャラいサックスが女の子たちをキャーキャー言わせている。


伊崎の野郎ってのは悔しいがルックスがいいんだ。


俺も自分で言うのもナンだが、見た目は悪くないと思ってる。


ただ、いささか口と性格が悪いのが玉に瑕というか…、でも自覚してる分だけマシだろ?


俺も一応ユニットらしきものは組んでる。


シンセサイザーとパソコンの打ち込みでオリジナルを作る俺のスタイルは、楽器をやりたいヤツには敬遠されるんだ。


だから、ボーカル科から声のいい女の子を見つけては、歌声を入れてもらっている感じだ。


カッコつけて言うなら、プロデュースしてるっつうの?


俺の曲を歌ってもらうなら、野郎よりは女の子がいい。


今を時めく小室哲哉みたいなスタイルだと思ってくれれば、イメージに近いかもな。


ただ、頼む女の子たちがことごとく伊崎と仲が良かったり、伊崎に憧れていたりするのがムカつくんだ。


俺の前で、ヘーキで「伊崎君たちのバンド」の話をする。


なんだよ。


サックスなんてオマケじゃねえかよ。


音楽の才能的には俺の方が絶対に上なのに…。


でも、俺もそろそろ打ち込みの音に限界を感じていて、リズム隊だけでも実際の楽器を使いたいと欲が出てきた。


そこで目を着けたのが、伊崎のバンドのドラマーだ。


あの、めちゃくちゃ巧い女の子に、俺の曲を叩いて欲しい。


ところが、その子が伊崎と恋人として付き合っているっていう話を小耳に挟んだんだ。


なんでだよ。


くそ、確かに美男美女だよ。


でもさ、なんで伊崎?


気に入らない。


マジで気に入らない。


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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ⑧終

あの晩、飲めない酒を飲んだ忠則は少しだけ気が大きくなっていた。


窓香は、好きな酒を気が済むまで飲んで、散々仕事の愚痴やら、店長に言い寄られていて怖い話を涙ながらに漏らした。


「斉藤くんが早番に来てくれて、すごいホッとしてるの」


いつのまにか隣に移動してきた窓香が忠則にしなだれかかる。


「夏休み終わってからも、夜に戻らないで欲しいな」


勿論、忠則だって女性に甘えられて悪い気はしない。


自分が彼女を守ってあげようと本気で誓った。


ふと視線を落とすと、脚を斜めに流して座っている窓香のミニスカートがどんどんたくし上がっていて、なんとも言えず艶めかしい。


鼻先に漂う窓香の髪の香りも忠則の判断力を鈍らせている。


 ―― 今日、これって、お持ち帰りしてもいいってことだよな。


忠則は一人合点し、そっと窓香の生脚に手を伸ばした。


盛り上がった二人は、居酒屋を出る。


「ありがとうございやしたー」


店員の声が忠則の背中を押す。


そして、二人は駅の裏に建ち並ぶ、ラブホテルの中に消えていった。


窓香が手馴れた様子で、部屋を選び、キーを受け取る。


二人乗ったらいっぱいになってしまうような狭苦しいエレベーター内で、忠則は精一杯の勇気を出し、窓香にキスをした。


ぎこちないキスだった。


「俺は、奥居さんのこと、泣かしたりしないから」


部屋に辿り着いて、ピッとテレビのスイッチを入れると安っぽい濡れ場が画面に映し出される。


忠則のスイッチも完全にONだ。


酔いが回っている二人はドサリとベッドに倒れこんだ。


頭の中は、これからの手順でいっぱいで、シャワーなど浴びている余裕もない。


忠則は、Tシャツを脱ぎ、脇のソファに放ると、ベッドに仰向けになっている窓香の上に四つんばいになった。


真上からもう一度窓香にキスをした。


ほろ酔い加減で気持ち良さそうに目を瞑っている窓香。


ほんのり赤く染まった首筋がとても色っぽかった。


忠則の股間はもうはち切れんばかりに大きくなっている。


 ―― いいんだよな、俺。ヤっちゃって、いいんだよな。


片手で、カチャカチャとズボンのベルトを外そうとするが、焦ってしまって手元が覚束ない。


窓香が下から手伝ってくれた。


ようやくジーパンが脱げる。


「俺、童貞なんですけど、いいっすか」


そう言ってから、右手で窓香のスカートの中をまさぐろうとした時、彼女の瞳がパッチリと開いた。


「ごめん」


窓香の手が忠則の手を制した。


「やっぱり眠いから寝る」


「え?」


窓香は服を着たまま、布団の中にもぐりこみ、あっという間にスースーと寝息を立て始めてしまった。


忠則は何が何だか分からないまま窓香の横に仰向けになった。


チラっと自分の股間を見る。


ギンギンに固くなっている息子が悲しくも立派なテントを張っていた。


 ―― ああ、余計な一言を…。


ギュッと目を瞑ったら、突然に酔いが回ってきた。


天井がグルグル回っている。


何かに引き寄せられるように身体が重くなり、忠則はそのまま深い眠りについた。


 

 

 

「あー…、お前ホントに真面目くんだったんだな」


社員は、忠則からその話を聞いて、一層憐れみの表情を強くした。


「いろんな意味で、俺は利用価値なしみたいです」


「い、いやぁ、窓香ちゃんも責任重かったんじゃない?初めてじゃ…」


忠則は、どうにも切なくなったのを吹っ切るために、勢いよくホールに飛び出して行った。


労働で心を癒すしかなかった。


しかし、今後、堂々と窓香と顔を合わせて働く気概もなく、夏休み中は早番のつもりだったが、店長に頼み込んで夜のシフトに替えてもらった。


なんとなく店長も理由は聞かずにいてくれたから、筒抜けだったのだろう。


その後、例の社員からの別世界への勧誘が激しくなってきたので、忠則はファミレスのバイトを辞める事にしたのだった。


その間、ちょっとだけ、親に仕送りしてもらって…。


 

 -終-

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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ⑦

翌朝、窓香は休暇の日だった。


昨夜のことがどうにも腑に落ちないままに、時間になってしまった忠則は、ラブホの出入り口で窓香と分かれ、しぶしぶ出勤した。


ロッカールームで例の社員に会う。


「おはようございます…」


「よう、兄弟!」


社員はそう言って、腕を大きく回すと、忠則の肩にガッチリ組んだ。


「どうだった?」


「は?」


忠則が素っ頓狂な声を出す。


「とぼけんなよぉ。ヤったんだろ?窓香嬢と」


社員の言葉にギョッとした。


忠則の反応に、何かが違うと感じ取ったらしい社員が腕を外した。


「何、お前。昨日、窓香ちゃんと一緒だったんじゃないの?」


「一緒…でしたけど…。それって、どういう意味ですか?」


着替え終えた社員が、煙草の箱とライターを片手にそそくさとロッカールームを出ようとしたが、忠則が引きとめた。


「教えてくださいよ!それに昨日言ってたアレも。何なんですか?」


憐れみの表情を一瞬見せて、社員が答える。


「だからさ、ここの男性スタッフは、お前も含め、全員窓香ちゃんを介した兄弟ってことだよ」


「兄弟…」


「店長が、窓香ちゃんの本命。身体使って情報集めて、店長にいろいろご報告してんの」


忠則があっけにとられている。


つまり、スパイみたいなものか。


「…っていう噂ね、ウ・ワ・サ」


社員が、取ってつけたように言葉尻をフォローした。


「俺、奥居さんに、店長から自分を守ってくれって、お願いされて…」


忠則は、思わず昨日の様子をポロリと漏らした。


「本気にした?」


 ―― 本気にしたさ。俺が絶対守ってあげようって…。


「可哀相になあ。言いたかないけど、要はただのサセコだよ」


プイと横を向いた忠則があまりに情けない顔でいたのだろうか。


社員がやや戸惑っているのが分かる。


「ていうか、なんで、俺なんかにそんな大事なこと話しちゃうんですか?」


人差し指を一本立て、口元に寄せて、社員が続ける。


「そりゃ、モチロン、俺が知ってるのは内緒な。…俺はこの店唯一の店長派閥だ」


「派閥…?」


忠則も、ここの店長が会社組織の中に於いて、正念場を迎えていることはそれとなく知っていた。


「他の連中は、自分だけが、窓香ちゃんのお相手だと思ってる。ヤツらは、副店長やら、サービスマネージャーやら、スーパーバイザーやらのいろんな話が、店長に筒抜けなのを知らないお間抜けさん連中ってわけ」


「バイトは…、派閥とか関係ないんじゃ…」


「まあな。でもな、斉藤ちゃん、あんたは遅番の最後の砦。結局、彼女はしたいだけだし」


忠則が不思議そうに社員を見る。


「もうひとつの理由は、俺が窓香ちゃんの色香に落ちなかった類の人間だから。俺がお前にこんなことを話すのも俺にとってお前が可愛いから」


そう言って、忠則の肩を軽く叩くと、社員は目を逸らした。


「詳しくは察しろ、な」


忠則はがっくりと肩を落として、かぶりを振った。


「そうですか…」


忠則の頭の中は、だいぶ混乱した。


「でも、奥居さん…、本当に辛そうな目をしてたのに…」


社員が急に真面目な顔になり、尋ねる。


「おいおい、ハマっちゃった?」


「それに俺…、ヤってないすから」


何故か、忠則は自嘲した。


それを見て、社員は何かを悟ったような眼差しを向けたあと、ポンポンと忠則の頭に手を乗せた。


「よしよし、落ち込むな」


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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ⑥

「ハックション」


忠則は眠っていたらしい。


薄く目を開けると見慣れない部屋にいた。


冷房が強くかかっていて、部屋はキンキンに冷えている。


小さなテレビが付けっぱなしになっていて、暗闇の中で緑色に光っていた。


音量は絞ってあってよく分からない。


ようやく身体を起こすと、脳味噌が大きく揺れたような錯覚を覚えた。


「っつ…」


ひどい頭痛だった。


眉間に皺を寄せ、目を凝らしてテレビ画面を見つめる。


「…!?」


思わず息を呑む。


裸の男女が激しく絡み合っている映像だった。


慌てて周りを見回す。


手元に窓香が首までシーツにくるまって可愛らしい寝息を立てて眠っていた。


忠則がいるのは、大きなベッドの上だった


そっと右手で自分の身体を触ってみた。


鳥肌が立っている。


 ――裸だ…。


着ていたはずのTシャツ。


トランクスは履いている。


キョロキョロと目だけで探すと、脇のソファにくしゃくしゃに丸まっている布とジーパンがあった。


おそらく、あれが忠則のTシャツだろう。


「やべぇ…」


小声で呟いてみるも、状況は何も変わらない。


忠則は窓香を起こさないように、ベッドからそっと抜け出した。


そこで、改めて気付く。


頭もひどく痛むが、何よりも股間が痛い。


激痛だ。


「いってぇ…」


歩けない。


思わず、その場にうずくまってしまった。


額には脂汗が滲む。


息遣いに気付いたのか、窓香が身体を起こした。


「斉藤くん?」


その声に、かすかに顔をあげる。


シーツにくるまっていたはずの窓香は、しっかり服を着たままベッドの上から忠則を覗き込んでいる。


「どうしたの?」


「いや…、なんでも…」


明らかに何でもなくない状況の忠則を見て、窓香が吹き出した。


「きゃはははは…。やだ、痛いの?アソコが?」


「ちょ、笑ってる場合じゃ…」


お腹を抱えて笑っている窓香に忠則は必死で抗議しようとするが痛みで声にならない。


「あ、寒いね」


突然笑い終えると、今気付いたかのように、窓香がエアコンを切った。


「こ…、ここ、どこ?」


なんとか、忠則が尋ねる。


「ラブホよ。まさか、覚えてないとか言わないでよね?」


平然と答えた窓香に、忠則が愕然となった。


 ―― ラ、ラブホ?って???


ますます脂汗が滲んだ。 


幸いにも、記憶はゆっくりと戻ってきた。


そして、忠則の頭にカァッと血が昇っていくのが分かった。

 


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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ⑤

「え?」


忠則にとって、あまりに突飛な話で、思わず箸を落としてしまった。


「あ、すんません…」


箸を拾うと、忠則はポロポロと涙を零す窓香をじっと見た。


「…嫌…なんですか?」


こくりと頷く。


少しムッとした表情で窓香が言った。


「嫌に決まってるじゃない!店長ってもう50過ぎてるのよ?」


忠則は何と言ったらいいのか分からずに、俯いてしまった。


「仕事は好きだから、辞めたくないの。店長にもさんざん世話になってきたから、無下に断れないし…」


「え、でも、嫌ならハッキリ言わないと…」


「わかってるわよ!」


ドンっとテーブルを叩く。


「簡単に断れたら、悩んでなんかいない…」


また新しい涙が窓香の頬を伝っていく。


「一度…、酔った流れで…、その、そういう事があって…」


窓香が伏目がちに大胆な告白をしてきた。


「それがあるから、どうしてもうまく断れなくて…」


恥ずかしいのだろう。


窓香のお酒のピッチがどんどん早くなっていく。


「…でも、このままじゃ」


忠則が無い知恵を絞って、なんとか言葉を返してあげようと口を開いたが、


「ねえ」


と遮られた。


窓香が、涙で濡れた大きな瞳で、上目遣いに忠則を見つめる。


「私を守って」


忠則の喉が上下した。


お酒で真っ赤になった窓香の胸元が目を引く。


ウブな忠則には刺激が強かった。


 ―― 酔った流れで寝てしまった…。


この言葉がリアル過ぎて、忠則の頭の中には良からぬ想像が膨らんでいく。


店長と窓香の肢体が脳内で蠢き出した。


店長の顔はいつのまにか忠則に変わっていく。


「ねえ、斉藤くんが早番にいる夏休みの間だけでもいいの」


「…」


「勤務時間外も一緒にいてほしいの」


テーブルの上で、忠則の手に窓香の手が重なった。


「ね…?」


忠則の思考回路はショート寸前だった。


「うん…」


なんとなく、頷いてしまった。


 ―― 俺が、奥居さんを…。


「守ってくれるの?」


もう一度。


今度は、確実に頷いた。


「…わかった」


「ありがとう!」


ワンランク、トーンの上がった声で、窓香は今度は両手で忠則の手を握った。

 

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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ④

「おつかれさま」


忠則が着替えを終え、店の外に出ると、外壁に寄りかかっている窓香がいた。


「あ、おつかれさま…」


「斉藤くん、このまま帰るつもりでいたでしょ」


内心、図星だったので、忠則の目が泳ぐ。


「付き合えって言っといたでしょ!ほら、行くわよ」


ノースリーブから長く伸びる少し筋肉のついた細い腕を忠則の腕に絡ませた。


忠則の肘が、薄い布を通して窓香の身体の柔らかい部分に当たっているのが分かる。


「いつも真っ直ぐ帰るだけじゃつまらないじゃない。飲めるでしょ?」


くいっとお酒を呷るジェスチャーをする。


「いや、俺、未成年だし…」


「固いこと言わなーい」


太陽に向かって歩き出した二人の後ろには影が長く伸びている。


少し歩いて駅に近づくと、窓香は、強引に忠則をこじんまりとした居酒屋に連れ込んだ。


開店したばかりのその店には、まだお客はいない。


「いらっしゃい。お、今日は連れがいるんだ?」


店員が気さくに窓香に話しかける。


「まあね。生ふたつね」


そう言って、勝手に奥の座敷に上がった。


「常連さんなんだ?」


「そうよ。仕事が終わるとここで飲んで帰るの。私の憩いの場」


サンダルを脱ぎ、膝をついてテーブルの奥へ移動する。


ついミニスカートから伸びる生脚に目が行ってしまい、忠則はドギマギした。


 ―― どういうつもりなんだ?奥居さん…。


ビールとお通しが来た。


「はい、お疲れ~」


有無を言わさず、ジョッキで乾杯させられた。


忠則は、ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを流し込む窓香を呆然と眺めていた。


「うまーっ」


ぷっくりとした唇に白い泡をつけたまま、至福の時といった様子の窓香に思わず微笑んでしまう。


「ほら、あんたも飲みな」


「あ、はい…」


忠則は遠慮がちにジョッキに口をつけた。


根が真面目な忠則は、お酒なんてまだ数える程度しか飲んだことがない。


その様子を正面の窓香がじっと見ている。


「…ホントに、お酒ダメなんだね。男のクセに」


冷ややかにそう言う窓香に忠則はちょっとムキになって、グイとビールを飲み込んだ。


「一応、まだ10代なんで」


ムッとした表情で返すと、窓香が笑った。


「ごめん、ごめん。もういいよ。それより何か好きなもの頼みな」


そう言って、フードメニューを忠則に差し出した。


店員を呼んで、適当に食べ物を頼むと、少し場が落ち着いた。


「あのね。実は、斉藤くんに聞いて欲しかったことがあるんだ」


「え?…なんすか?」


「うん…」


少し言いにくそうに窓香が視線を落とした。


また、ふっと忠則に視線を戻す。


大きな瞳には涙が溢れそうなほど盛り上がっていた。


 ―― えっ…?


忠則はどうしていいか分からずに、焦って、またビールを一口飲んだ。


「私ね…」


1、2度、睫毛を瞬かせると、ポタリと大粒の涙が落ちた。


忠則の手は汗ばんでいた。


「店長に愛人やれって言い寄られてるの…」

 

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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ③

ランチの時間も過ぎ、少し客足も落ち着いてきた頃、窓香が洗い場に来た。


「斉藤くん、ここ代わるから。一服しておいで」


予定の休憩が取れず、早朝から働きづめだった忠則には天の声に聞こえた。


「あ、すんません。すぐ戻りますから」


「いいよ。ちゃんと賄い食べてきな」


「でも、奥居さんは…」


カチャカチャと皿洗いを始めた窓香が手を止め、忠則の顔を見た。


「私、もう先に食べたよ。そんなにお人好しじゃない」


そう言って、ニッと笑った。


なんだか恥ずかしくなって、忠則はそそくさと中に引っ込んだ。


社員の一人がひとり煙草を吹かしていた。


「おう。しんどかっただろ、お疲れ」


軽く右手を挙げて、労ってくれた。


「足腰パンパンっすよ。慣れてないとキツイもんですよね、皿洗いも」


出来上がった賄い飯を忠則がテーブルに置くと、社員が灰皿に煙草を押し付け、顔を寄せた。


「お前、知ってるんだろ?」


ヤニ臭い息が忠則の顔にかかる。


「窓香ちゃんさ…」


「はい?」


意外な言葉に、食べ始めた白飯を少し落とした。


「あの子、いろんな意味でやり手だろ?」


下世話な事を指しているんだろうと察しがついた。


「はあ、そうなんすか…?」


気のない返事をする。


「おっとぉ?その返事はお前はあんな有名な噂を知らないってことかよ」


「どういう意味ですか」


少し馬鹿にしたような下衆な笑みを浮かべると、


「それは斉藤ちゃんが自分で知ってちょうだいよ。でも、知っておかないと、この職場では損するかもしれないぜ」


と手をひらひらさせて部屋を出て行った。


「ちょ、そこまで言ったら、教えてくださいよー」


声を掛けてみたが、彼は戻ってこなかった。


 ―― なんだ?奥居さんには何かヒミツでもあるのか?


チラっと壁掛け時計に目を遣る。


あまり窓香を待たせちゃいけないと、飯をかきこむスピードを上げた。


 ―― 噂…ねえ。


想像するに、あまり良さそうな噂ではなさそうだった。


知っておかないと損をするかもとは、どういう意味だろう。


パートのおばちゃんはおばちゃん同士で固まっている。


遅番の女の子たちも業務中に紙切れのような手紙を回したりして、それなりに情報収集はしているようだ。


そんな中に混じってミーハーな話題に興じるような性格ではなかった忠則は、もう3ヶ月以上もいるこの職場の中で急速に疎外感を感じた。


食事を終え、手洗いうがいを済ませ、手をアルコール消毒する。


「お疲れさんです」


洗い場に戻ると、窓香が流しの縁に両手を乗せて、休んでいた。


「あ、一段落ついたんすね」


忠則の声に窓香がジロっと睨む。


大きな印象的な瞳にドキリと、一瞬たじろいだ。


「あんた、要領悪すぎ。モテないでしょ」


なかなかキツイ言葉を浴びせてくれる。


さっき、仕事の出来ないヤツは嫌いだと言われたことを思い出した。


「斉藤くん、仕事終わったら、ちょっと顔貸して」


「え?」


「ダメなの?」


特に用事はなかったが、嫌な予感がしたので断りたかった。


「いえ、大丈夫…です」


弱気にそう答える。


「じゃ、あとで」


窓香がバシッと忠則の背中を叩いてから、ホールに出て行った。


「い…ってぇ…」


身もだえしていると、キッチンから視線を感じ、振り向く。


さっきの社員がニヤニヤと忠則を見ていた。


「ハハ…」


愛想笑いで切り返す。


 ―― なんなんだよ、一体…。


忠則は、非常に不愉快だった。

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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ②

夏休み。


普段のファミレスのバイトは、夕方から夜間のシフトに入っている忠則だったが、この2ヶ月は早朝から夕方までのシフトに入れてもらうことにした。


昼と夜の違いだけで、業務にも多少の差が出てくる。


忠則は、店長に昼のリーダーを紹介してもらった。


「斉藤くん、彼女がリーダーの奥居さん。分からないことやシフトの相談は彼女にして」


忠則は、“リーダー”という呼び名のイメージから貫禄のあるおばちゃんスタッフを想像していた。


それが、意外や意外、奥居さんと呼ばれたその女性は、忠則と同じ年齢くらいの若い女性だった。


もちろん、顔は知っていた。


引継ぎで一言二言、言葉を交わしたこともあるはずだ。


タイムカードに名前があるのも記憶している。


身体は小さいけれど、キリリとつりあがった大きな目が印象的であった。


 ―― この子、リーダーだったんだ。


「奥居窓香です。よろしく」


「あ、斉藤です。早番は初めてなんで、よろしくお願いします」


「大して仕事は変わらないわよ。オープン作業だけ覚えれば、あとは夜と一緒だから」


聞くところによると、窓香は去年せっかく入学した短大を1週間で退学し、現在はフリーターらしい。


ファミレスのホールでバイトしだして一年半。


週に6日は出勤しているので、仕事に関してはベテランの域のようだ。


「へえ。1コ上なんですね。俺より年下っぽく見えるのに」


「背小さいから、余計でしょ?」


窓香は身長150cmあるかないか程。


そんな身体をちょこまかと使って、しかし完璧に業務をこなす。


誰よりも多く、皿を運ぶ姿は、一種の妙技だった。


「仕事出来ないヤツは嫌いだから。サボったりしたら、承知しないわよ」


「はい…」


ただ、他のスタッフは勿論、店長も一目置く存在の彼女は、少しだけ周りから浮いているようでもある。


見方によっては、孤立しているとも言える。


その理由は、出来すぎる仕事にあるのだろうと、忠則は勝手に思っていた。


「おい、斉藤!」


正社員であるキッチンスタッフからお呼びがかかった。


「はい」


急いで、キッチンの方に駆け寄る。


「今日、無断欠勤で人手足りねえから。お前、洗い場やって」


「わかりました。じゃ、奥居さんに一言…」


忠則がホールに戻りかけると、


「ああ、いいよ。言わなくても。あいつ、分かってるから。それより、早くやれ。もう溜まってるぞ」


「はい」


忠則は、早速腕まくりをして、皿洗いに取り掛かった。


合間にちらりとホールを覗くと、パートさん数名と窓香がてんてこ舞いしていた。


「おら、手が止まってるぞ。斉藤!」


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* 第二十二話 * ~忠則の場合~ ①

斉藤忠則、18歳。


受験競争に勝ち抜き、今年の4月から、晴れて大学生の身となった。


出身は、群馬県某市。


入学した大学は、東京の都心部と、そこからかなり離れた埼玉の奥地とにキャンパスがある。


忠則は、工学部の学生であり、1、2年生のうちは埼玉のキャンパスに通う。


実際のところ、群馬の実家から通えない距離ではない。


だが、とにかく憧れのキャンパスライフを早く満喫したくて、少し無理をして都内の方のキャンパス近くに1Kの部屋を借りた。


いや、正直な話、今のところは親に借りてもらっている。


せっかくの一人暮らしも親の脛を齧っていてはお話にならない。


車の免許も欲しいし、取得した暁には車だって欲しい。


早速、バイトを始めなければならない。


一人暮らしを始めて最初の月、とりあえずの目安にと親に家賃と光熱費の内訳を教えてもらって、驚愕した。


自分がいかに世間を知らなかったかを思い知らされる金額だった。


光熱費というものの存在を意識したことがまるでなかったからだ。


今まで、実家でも使い放題にしてきた自分を恥じた。


食費だってそうだ。


家に帰れば何かしらあった食べ物が一切ない。


コンビニ弁当や外食がいかに無駄遣いなのかを知った。


何が、免許だ?


何が、車だ?


両親は「勉学に励んでくれればそれでいい」と4年間の学費と生活費の全面援助を申し出てくれたが、親のありがたみを身をもって知ってしまった今、とても全部は甘えられない。


せめて生活費は自分でどうにかしたいと伝えた。


まだ、「大学は勉強するところ!」と生真面目に思っていた頃だったのが功を奏したのかもしれない。


忠則は、取るべき授業にしっかり出席し、終わるとすぐにファミレスのバイトに勤しんだ。


サークルの数多の勧誘にも乗らず、住まいと大学とバイト先の往復のみの毎日。


短期バイト斡旋の会社にも登録し、時間が空くと工事現場や倉庫作業のバイトもした。


3ヶ月もした頃、ようやく要領を掴めてくる。


がむしゃらにせずとも、自分のペースで、大学とバイトに出られるようになった。


彼女に出会ったのは、そんな心に余裕も出てきた頃だった。


まもなく、夏休みが始まる…。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑬終

 TREEE,TREEE...


何時間経ったのだろう。


抱えたままの鞄の中で、微かに鳴っている携帯の音で佳澄は目が覚めた。


顔が火照っている。


身体中が痛い。


 ―― 佑介のインフルエンザ、やっぱり感染ったかな。


力を振り絞って、起き上がると玄関の上がり框にいることに気付く。


ブーツも履いたまま。


鳴り止まない携帯電話をやっとのことで鞄から出したら、切れた。


溜息をついて、液晶を見ると23時と表示されていて驚く。


ふらふらしながら靴を脱いで、這い蹲ってどうにかベッドまで辿り着いた。


「熱…」


呟くと、もう一度、携帯電話が着信した。


「はい…」


「佳澄さん?」


「あ、秋谷さん…」


電話の相手が分かった途端、どっと力が抜ける。


 ―― やっと声、聞けた…。


「メール見たよ。今日、会いに来てくれたの?」


瞳から大量の涙が溢れ出すも、もはや止められなかった。


「佳澄さん?どうしたの?大丈夫?」


しゃくりあげることしか出来ない。


「泣いてるの?佳澄さん?何かあったの?」


電話口でぶんぶんと頭を振っても、秋谷には伝わるはずもない。


なんとか声を出す。


「秋谷さん…、あの、…私…」


「うん?何?」


受話器の向こうで必死になって佳澄の様子を探ろうとしてくれているのが分かる。


心配をかけてしまった。


そう思うとますます涙が止まらない。


「私の…」


 ―― そばに、いてください。


涙で遮られてしまって、溢れる想いがうまく言葉にならない。


「え?佳澄さん?何?もう一回…」


「…私とぉ…付ぎ合っでぐだざいぃぃ…えーん」


言いながら、佳澄は号泣した。


受話器からは戸惑った秋谷の声が聞こえる。


「ちょ、佳澄さん?何言ってんの?どうしたの?とにかく、今から行くから!住所、言える?」


何度も何度も根気強く、秋谷が佳澄の涙交じりの声を捉えようとしてくれる。


「うん、うん、わかった。203ね。すぐ行くから、鍵は掛けないでおいて。急ぐから!しっかりな!」


優しい声に包まれたまま、佳澄の意識はまた遠のき、夢の中へ入っていった。

 

 

 

慌てて部屋に訪れた秋谷が、涙の跡が残ったままの顔で、ぐっすり眠っている佳澄を心配そうに見下ろした。


「ああ…すごい熱だ」


おでこを触り、そっと髪を撫でる。


薄く目を開けた佳澄が、ふっと微笑んで、また目を閉じた。


安心しきった表情で。


「…やっと見つけた…」


佳澄が微かにそう呟いて、秋谷の手をそっと握る。


秋谷もふっと微笑んだ。


「僕もだ…」

 

  -終-

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑫

振り返った男性は、秋谷ではなかった。


「あ…」


自分を見つめて立ち尽くしている佳澄に男性は不思議そうな視線を送った。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「いえ、あの、秋谷さんは…?」


佳澄がしどろもどろに答えると、男性は営業スマイルを返し


「申し訳ありません。店長の秋谷は長期休暇中となっておりまして…」


と滑らかな口調で話す。


「そ、そうですか…。ありがとうございます」


長い休みをとっているとは、聞いていなかったので、少々面食らった。


高まっていた気持ちが折れる。


 ―― 会いたい時に会えないなんて…。


僕はまだ彼氏じゃないから…と話していた秋谷の言葉を思い出す。


妙に悲しくなって、鼻の奥がつーんとした。


諦めきれず、本屋を出て、秋谷の携帯に電話してみる。


【お客様のお掛けになった電話は、電波の届かないところにあるか…】


「えー?」


思わず、声に出てしまう。


数回リダイアルしてみたが、同じだった。


冷たい風が余計に身に凍みた。


 ―― こんなに秋谷さんの声が聞きたいのに。


改めて、秋谷の電話番号程度しか知らなかった自分に気付く。


 ―― 昨日が、変化のチャンスだったんだ。


とりあえず、メールだけでもしておこうとポチポチと言葉を綴った。


【昨日のお詫びがしたくて…。会いたいです。佳澄】


ピッと送信すると、とぼとぼと家路に着いた。


なんだか視界が滲む。


何故、涙が込み上げてくるのだろう。


呼吸が乱れる。


寒さのせいで、身体に力が入りすぎているのか、肩からガチガチに固まっていた。


節々が痛い。


自分の身体が自分のものではないような錯覚。


世界中が回っている。


「あれ…?おかしいな」


やっとの思いで、玄関に辿り着いた佳澄は、ブーツも脱げずにそのまま部屋に倒れこんだ。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑪

「もしもし?」


佑介からの電話だった。


「熱、下がったよ。薬って、すげえな」


「よかったね。食欲も戻った?」


ひとりオフィスに居残っていた佳澄の声が静かな部屋に響き渡る。


「ああ。そうだ。お礼に面白い本貸してやるよ。模倣犯って読んだ?」


佑介の言葉に、佳澄は自分でも予想以上に戸惑った。


「え?それは…ダメ…」


「うん?何?ほら、お前あんまりミステリーとか読まないだろうけど、これは面白かったからさ」


「あー、あー、うん、でも、…それはいいや。違うのがいいな」


ちょっとしどろもどろになる。


「違うのかよ?」


ちょっぴり不機嫌そうに佑介が聞き返す。


「あのー、あ、そうだ。それより何かご飯かなんか奢りなさいよ!ね!」


「えー?」


半ば強引にそんな約束をした。


模倣犯という本は、秋谷から借りるという約束になっている。


ここは、守りたかった。


なんでかよく分からないけど。


通話を終えた佳澄は、猛烈に秋谷の顔が見たくなった。


急いで身支度を整える。


 ―― 謝りたい。


会社を出ると、強めの風が佳澄の身体を煽る。


首にかけていたマフラーをぐるぐる巻きにして、駅までの道を駆けていった。


 ―― 会いたい。


ただそれだけの気持ちに押されていた。


無償に秋谷に会いたくて、本屋に向かう。


「うー、寒っ」


道すがら、余りの冷たい風に思わず独り言が出てしまう。


 ―― まだ仕事中かな。


佳澄は、ちょっと背伸びをして、外から本屋の中を覗いた。


エプロン姿の男性の後姿が奥に見えた。


「よかった、いた」


佳澄は自動ドアを抜ける。


奥にいた男性が入り口を振り返って、佳澄を見た。


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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑩

就業時間も過ぎた。


佳澄は、昨日の秋谷の気持ちを思うと、なんとなく立ち上がる気になれず、そのまま席にぼんやり座っていた。


後ろから両肩をがしりとつかまれる。


「まあさ、ちゃんとフォローしときなよ!じゃ、お先」


既に帰り支度を終えた絵美がそう言って、ドアを出て行った。


「おつかれさま…」


力無く応えて、佳澄はゆっくりとデスクにうつ伏せた。


頭が重く感じる。


だが、思考はめまぐるしかった。


 ―― 佑ちゃん。


 ―― 秋谷さん。


愛したいか、愛されたいか。


佑介に長年想いを寄せていた佳澄には、他に目を遣るという選択肢がなかなか無かった。


今回初めて、秋谷という存在に出会って、佑介以外の男性と二人きりで過ごすという経験をし、少なくともそれはとても楽しく素敵な思い出となった。


秋谷が佳澄に好意を持ってくれていること自体にも嫌悪は一切ない。


むしろ嬉しいし、歓迎している。


昨日だって、あのまま秋谷の部屋に行っていたら…。


ひょっとするようなことがあったかもしれない。


あの時、佳澄はその気になっていた。


隣を歩く秋谷に触れたいと思った。


手をつないでもいいのかなと迷ったりもした。


 ―― これって、好き…ってことなのかな。


佳澄は、デスクに突っ伏したまま、目を閉じた。


 TREEE...


突然、携帯電話が鳴って、ビクっと目を覚ます。


見ると、佑介からだった。


心臓がキュっと縮む。


身体を起こした佳澄は、通話ボタンを押した。


「もしもし?」

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑨

「え。何それ」


絵美がこれ以上ない呆れ顔で佳澄に尋ねた。


「そんで、秋谷さんとのデート途中で止めて、佑ちゃんとこ行ったの?」


「うん…」


「なんでー?秋谷さん、怒ってるんじゃないの?」


お昼休み。


会社近くのカフェで絵美と佳澄は、昨日の秋谷とのデートの顛末を話している。


「やっぱり?」


「だって、せっかくいい雰囲気だったんでしょう?ただでさえ、途中で帰るって微妙なのに。まして、他の男の看病の為って」


絵美の口から思わずつばが飛んだ。


慌てて、口元を拭う。


「ごめ…。興奮しちゃったわ」


グラスから一口水を飲むと、もう一度落ち着いた口調で絵美が言った。


「秋谷さんも了承済みだとしても、かなり失礼だと思うけどなー」


「そう…かな」


なんだか、ずっしりと責任を感じてしまい、佳澄は箸が進まなくなった。


「まあさ、いいヤツぶりたかったのかもしれないけどね、秋谷さんが」


「え?」


「相手は病気だし?俺って懐深いだろ、優しいだろ、みたいな?」


そんな絵美の言い方に佳澄はちょっとムッとした。


「そんな計算じゃないよ。秋谷さん、ホントにいい人なんだと思う…」


「あれー?かばうんだ?」


茶化す絵美に、佳澄は頬を赤らめる。


あとから運ばれてきたコーヒーに絵美が砂糖を入れた。


「にしてもさ。佑ちゃんってのも絶妙なタイミングで邪魔してくるよね。具合はどうだったの?」


「…うん。熱も全然下がらないから、一緒に夜間診療に行ったの。そしたら、インフルエンザだった」


「げ。あんた、大丈夫?」


佳澄もコーヒーに口をつけた。


 ―― やっぱり、秋谷さんにひどいことしたのかな、私。


昨日、心配で心配でたまらなくて、秋谷の厚意に甘えて、佑介の家へ向かった。


夜間診療を終えた後、帰るなり家のリビングのソファにぐったり倒れこんだ佑介を見ながら、なんでこんなことしているんだろう?と疑問に思ったのも確かだ。


自分は佑介の彼女でも妻でもない。


単に、佑介が頼れる友達として佳澄を呼んだだけ。


好きな男をあくまでも友達として看病するのは当たり前の行為なのだろうか?


 ―― なんの見返りもないのに?


そう考えて、なんて浅ましいのだろうと自分自身を恥じた。


 ―― 色恋の問題じゃない。私も秋谷さんも、病気の友達を見捨てられなかっただけだ。


佳澄は、そう思おうとした。


「あ、やば」


絵美のその声にハッとする。


慌てて、腕時計を見ると、まもなく13時をさすところだった。


「わ!」


二人は、急いで店を出た。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑧

新橋の駅のホームで電車を待つ間、時計を確認しようと佳澄は携帯を取り出した。


「あ…」


そういえば映画館に入った時に電源を切ったままだった。


ボタンを長押しし、携帯画面が立ち上がると同時に、通信のマークが点滅する。


しばらくすると数件のメールを受信した。


全部、佑介からだった。


ちょっと驚いて、メールを開いて、またビックリした。


【死ぬかも~。ただいま、39.6度の熱><】


最後に受信したメールは、まだ15分程前のものだった。


高熱で苦しんでいる佑介の姿が浮かんで、佳澄は胸が苦しくなった。


慌てて返信する。


【お母さんは?】


佑介は実家暮らしだ。


「どうしたの?」


携帯を握り締めて俯いている佳澄を秋谷が振り返った。


「ううん、なんでもない」


答えると同時に携帯が振動した。


【親、旅行中】


 ―― こんなときに。


佳澄はイラっとした。


目の前にいる秋谷との時間よりも、頭の中は完全に寝込んでいる佑介に囚われている。


いつもなら、何よりもまず佑介のもとへ飛んでいっていた。


 でも、今は…。


異変を察知したのか秋谷が言った。


「例の彼?」


佳澄は肯定も否定も出来ず、ただ黙ってしまった。


ホームに滑り込んできた電車は、ふたりを乗せずに駅を出て行った。


「何かあったのかな」


秋谷が優しく佳澄に問いかける。


「ん…、ちょっと、一人で寝込んでるらしくて…」


それを聞いて秋谷は少し考えてから、ふっと微笑んだ。


「行ってあげたら?」


「え?」


「佳澄さんのこと、頼りにしてるんでしょ、彼」


「でも…」


佳澄は、素直に提案に甘えられず、かぶりを振った。


「いいんだよ。僕は彼氏じゃないし、君を引き止める権利まだないんだ。佳澄さんが彼のこと心配なら、その心のままに行動するべきだよ」


自嘲気味にそう言った秋谷の表情はとても寂しげだったが、口調はきっぱりとしていた。


厚意を無にしてはいけない気がした。


「…ありがとう」


佳澄はそう言って、再度、携帯メールを打った。


【今から行く。何か欲しいものある?】


そして、ちょうどやって来た秋谷の家とは違う方向の隣の電車に佳澄は乗り込んだ。


「じゃ、またね。今日は楽しかったよ」


「はい。それじゃ…」


「ほら、笑って!僕、まだ諦めたわけじゃないし。今日は譲るけど」


申し訳なくて、うまく笑えなかった。


ドアが閉まる。


ホームの秋谷に向かって、小さく手を振った。


秋谷はこれ以上ない笑顔で佳澄を送り出してくれた。


 ―― ごめんなさい。


電車が走り出すと、反対の手に持っていた携帯が震えた。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑦

佳澄と秋谷は、映画を観に来ていた。


アクアシティお台場。


ハリー・ポッターと賢者の石。


デートの定番中の定番。


クリスマスに向けてのイルミネーションが、更に二人を盛り上げる。


「あー、面白かったぁ」


映画館を出た佳澄はぐんと伸びをした。


「そうだね。娯楽映画って感じで良かったね」


秋谷も同意した。


「原作読んだことある?やっぱり、どうしても映像化されないシーンが出てきちゃうのが勿体無いよね」


「ううん、翻訳モノはあんまり読まないの。でも、本好きには映画化とかドラマ化って良し悪しかも」


「ああ、分かる。違うだろーっての、な」


アクアシティの出口から海側のデッキに出て歩く。


落ちかけている太陽が眩しかった。


佳澄は、とても自然に、穏やかに秋谷と一緒にいられることを嬉しく思った。


佑介とだったら、こうはいかない。


他愛もない会話も丁々発止のやり取りになる。


それはそれで面白くはあるが、とても疲れるのだ。


恋心を隠しながらの友達という付き合いは、気持ちに無理が生じることもある。


周囲は、告白しちゃえば楽になるとアドバイスしてくれたが、佳澄にはどうしてもそれが出来なかった。


「あ、そうだ」


自分のショルダーバッグから手袋を出そうとした秋谷が歩みを止め、中からちらりと本を覗かせて見せた。


「これ。前に話した宮部みゆきの“模倣犯”。とりあえず上巻だけ持って来たから」


「あー、ありがとう」


「重いから一冊だけね。帰り際に渡すよ」


佳澄が宮部みゆきは時代モノしか読まないと話したら、これは絶対読むべき!と秋谷がミステリーの最新作を教えてくれたのだ。


「私、結構読むの早いから、二冊貸してくれても良かったのに」


電話口でのおぼろげな口約束を覚えていてくれたのかと佳澄は感激していた。


「だーかーら、これ重いんだって!」


「あはは、そっか」


「じゃあ…」


そう言って、秋谷が少し遠くを見た。


真っ赤な夕陽が海に滲んでいる。


「佳澄さん。このあと、うちに来る?」


少し躊躇ったあと、秋谷が言った。


すぐに答えなくてはと思うのに、変な間があいてしまう。


「あー…、うん。いいの?」


「あんま掃除してねえけど。…ま、本取るだけ寄って、近場で飯でも、ね」


 ―― 言い訳してる。


佳澄がくすっと笑って、秋谷の顔を覗き見た。


真っ赤に染まっているのは、夕陽のせいだけだろうか。


「じゃ、ゆりかもめ?」


「ああ。駅、向かうか」


先に大股に歩き出した秋谷を佳澄が追う。


佳澄は、足に合わせて大きく振る秋谷の腕を捕まえようかどうしようか、迷っていた。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑥

霜月。


人恋しくなる季節だった。


秋もすっかり深まり、冬に移行しようというこの時期。


ただでさえ寒いのに、隣に抱きしめてくれる人がいないという現実は、佳澄の心をますます凍えさせる。


佑介を好きになって、毎年、こんな思いをしてきた。


傍にはいるけど、遠い。


景色は美しいのに、寂しくて。


だから佳澄は錦秋の時が大嫌いだった。


だけど、この秋は違う。


佳澄を想ってくれている人が現れた。


デートに誘い、毎日、電話をくれる秋谷が。


想われる恋愛など久しく縁がなかった佳澄は、最初こそ戸惑ったが、段々心地が良くなった。


秋谷は優しい。


とても暖かな、和やかな笑顔で、真摯に佳澄を迎えてくれる。


会う度に、癒されていく自分が分かる。


それなのに…。


心の真実の部分では、やはり佑介を求めていた。


佑介と一緒にいるのが当たり前で、何年も過ごしてきたのだから。


近くに居過ぎてダメなのかもしれない。


その馴れ合いが、益々失う怖さを増幅させていくのだ。


触れたくて、手を伸ばしても届かない。


手を握ろうと思えば、出来る距離に二人はいるのに。


佑介の知らないところでしか、涙をこぼせない。


友達というバリアは、心を素直に開かせてくれない。


臆病な佳澄は、やはり、この隔たりを越えようとは出来ずにいた。


こんなに苦しいのに。


「秋谷さん、私、忘れられない人がいるんです…」


「うん…、そんな気はしてました。でも、それでも僕は佳澄さんと会っていたい」


彼女が手を伸ばせば、その手をとってくれるのだ。


秋谷は、確実にそれを握り返してくれる。


そして、だんだんと佳澄の自信となっていく。


愛されているという自覚と自信は、女性を美しく変えていった。


 

 

師走のある日。


佳澄に佑介からメールが入った。


【一昨日の合コンでかなりイイ女と出会っちゃった。これ運命かも!】


呆れるほどに能天気なメールだった。


これまでも佑介にとってよくあること。


些細な内容だったが、佳澄はこのメールで、ようやく心を決める決心をする。


 ―― 私、ちゃんと秋谷さんと向き合おう。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ⑤

秋谷が佳澄の腕を引いて、ずんずん歩く。


「きゃ」


思わず、前につんのめる。


「すみません…。でも、ちょっとだけ。お願いします」


秋谷は佳澄の手を引いて大股に歩きながら、そう言った。


 ―― な、なんなの?この人、大丈夫なの?


数メートル先の路地を曲がった先に小さな公園がある。


二人はそこに足を踏み入れた。


落ち葉の絨毯を踏みしめると、秋谷のスニーカーと佳澄のブーツがガサリと音を立てる。


こじんまりとした噴水の前にベンチがあった。


秋谷が、完全に戸惑っている佳澄の両肩を持って、そこにそっと座らせる。


座らされた佳澄の前に直立不動になると、


「ごめんなさいっ!」


と、秋谷は勢い良く頭を下げた。


佳澄は引き気味に、深々とお辞儀をしている秋谷の後頭部を見つめる。


「な、…なんなんですか?」


ようやく口を開いた佳澄に安心したのか、秋谷は頭を上げると佳澄の目線までかがんだ。


「僕、あなたの名前も知りません。突然こんな失礼なことをして、本当にすみません」


秋谷はもう一度、謝った。


「だけど、僕、あなたを初めて見た時から、どうしても気になってしまって…」


「へ?」


「一目惚れだったんです」


佳澄は目を丸くした。


秋谷は、佳澄から視線を逸らさない。


長い長いストップモーション。


紅い枯葉がひらりと舞った。


「嘘…ですよね?」


「本当です」


真っ直ぐな視線のまま、きっぱりと応えた。


「えっと…」


 ―― 確かに昨夜、そうだったりして~!なんて甘い妄想はしたけど、こんな展開ありっ??


大きく取り乱した佳澄の前で、秋谷はまたも鼻を掻き、はにかんだ。


「へへ…、すんません、ホント」


そう言って、立ち上がると、今度は佳澄の隣にドッカリと腰を降ろした。


「やっと言えて、ホッとしました」


横で、ふーっと大きく息をつく。


「いや、あの…」


「よかったら、また僕と会ってもらえませんか?」


隣からひょっこり顔を覗き込まれる。


「僕とデートしてくださいっ!」


「は、…はいっ」


 ――あれ?


勢いで返事をしてしまった佳澄は、恥ずかしさで真っ赤になって俯いた。


その様子を温かい笑顔で秋谷は見つめ、


「名前、聞いてもいいですか?」


と言った。


動揺して、首を激しく上下に振りながら、佳澄は焦ってバッグの中を漁った。


名刺ホルダーから、自分の名刺を一枚取り出す。


「はい…」


秋谷が名刺を受け取った。


「高橋…佳澄です」


秋谷がニッコリと笑う。


佳澄の心臓が高鳴る音が聞こえた気がした。

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* 第二十一話 * ~佳澄の場合~ ④

終業後。


佳澄は、思い立って、例の本屋に寄ることにした。


昨日の文庫本を読み終わってからと思っていたが、朝、佑介のことを考えるハメになって、思い直したのだ。


 ―― あの人がいるかも分からないけど…。


自分の心に言い訳しながら、ファッション誌でも買おうと言い聞かせた。


ちょっとドキドキした。


佑介のことを想う以外にこんなに心がときめいていたのは久しぶりの感情だった。


数軒先に本屋が見えたとき、少し躊躇した。


「平常心、平常心」


佳澄は胸に手を当てて一息つくと、一歩を踏み出した。


と同時に。


「あ」


思わず、声に出てしまい、慌てて足を止める。


偶然。


出入口の自動扉が開き、エプロン姿の秋谷が店先に出てきた。


一旦、佳澄と反対方向にあるラックに目をやり、ふと顔を戻した秋谷の視界に佳澄の姿はバッチリ映ったようだ。


「あ…」


同じように、声に出てしまった秋谷が手を口元に当て、照れくさそうにはにかんだ。


「こんにちは」


秋谷が佳澄に向かって、声を掛ける。


佳澄の顔がカアッと熱くなった。


おどおどと会釈し、腰が引けた状態で、ゆっくり本屋に近づく。


「ど…も。こんにちは…」


「よかった。もう来てくれないかなって思ってたんです。僕、ちょっと気持ち悪いことしちゃったでしょ?」


佳澄が顔の前でブンブンと手を横に振った。


あれ?という顔で秋谷が続ける。


「名刺…。僕の…、気付きました?」


コクコクコクと佳澄が頷く。


「え…っと」


秋谷が困ったように、自分の鼻を掻いた。


瞬間、何かを思い立ったように、バッと店の中に戻ると、エプロンを置いて、すぐさま店先に出てきた。


「ちょっと、いいですか!」


秋谷はそう言うと、佳澄の腕を掴んだ。

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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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