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あとがき解説 その9

第二十一話 「佳澄の場合」

 高橋佳澄(27)

 

第18話の「佑介の場合」に至る背景となります。

ずっと長いこと思いを寄せていて、そのあとのキッパリとした心変わりって

運命的じゃないとなかなか出来ないと思うんですよね。

実は昔、私もずっと報われない恋をしていたことがあって、

振り向いてもらえないのは分かっているんだけど、そばから離れられなくて

不毛な時間を過ごした若い時がありました。

その後、人生のターニングポイントとなる出会いがありまして

その人とも最終的にうまくはいかなかったけれど、

前の片想いを完全に吹き飛ばすくらいのインパクトはありました。

だから、あれだけ長いこと思い煩ったのに、一体ナンだったんだ?という程に

すっかり思い出は塗り替えられましたねぇ。

 

 

第二十二話 「忠則の場合」

 斉藤忠則(18)

 

これは、かつての男友達の初体験未遂の思い出と

付き合った彼氏が童貞だったある女性の思い出をモチーフに掛け合わせてみました。

前者は誰とでもすっごい簡単に寝てくれる女の子に、寸止めくらった童貞君だったんですけど

当時、話聞いて大笑いしたんですよね~(←ヒドイ)。

もう二十歳もとうに超えてて、やっと筆下ろし出来るって大喜びで部屋ついてったのに。

めちゃめちゃ可哀相で、忘れられない話なのです。

舞台設定とかは全然違うし、この話が創作ということには違いないんですけどね。

あくまでモチーフです。 

 

 

第二十三話 「毅の場合」

 有野 毅(21)

 

有野君、しょっちゅう登場していますが、初めての主役です。

昔、音楽をやっていた友達が作った曲があって、私が歌入れしたんだけど。

その中の一曲の歌詞を最近になって、読み返したときに

「あ、これ、もしかしてあの時の、あの人に向けての心情?」っていうのに気付いたんです。

恋愛のライバルに向けての内容。

何年も経て、今だから話せる的な裏話をそこここで見聞きしたのち

今読んでやっと知った真実って感じでしたね。

当時はまったく気付いていなくて…。

もちろん内容ではなく、その曲の「存在」をモチーフにこの話を作りました。

そうそう、これを書いている途中に、体調不良で数日更新出来なかったんですが

その際にたまたま紫式部の「宇治十帖」を初めて読んだんです。

あわわわ…と思いましたね。

浮舟と薫と匂の宮が、千春と毅と伊崎にかぶっちゃって…。

というか、はるか千年もの昔から男女のいざこざは一緒だなと。

けんかをやめて状態といいますか…、ドリカム編成っつうんですかね(古っ)。

んで、この話には敵いませんと、白旗でございます。

思っていたラストと、唐突に話の筋を変えた感があります。

違和感感じたら、ごめんなさい。

で、テーマ曲だった「小さな願い」。

有名なので知っている方が多いかな。

どんな曲か知らなくても、YOUTUBEで映画も見れちゃうし、歌も聴けちゃうし、便利な世の中ですねー。

興味ある方は沢山あるんで探してみてください。

 

香月 瞬


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑯終

やめろ。


やめてくれ。


これ以上、見たくない。


そう思いながら、俺の足はその場を動くことはなかった。


耳を塞いでしまいたかったが、その無情な台詞は俺の鼓膜を振るわせた。


「結婚しよう、千春」


会場中がワアッと盛り上がろうとしたが、司会がまあまあと手のひらで制した。


信じられないといった様子でステージの上で立ち尽くしている千春の反応が待たれる。


人々は固唾を呑んで見守っている。


俺は、このたった数週間の間に、この人に見切られるのか。


伊崎を見つめる千春が微かに頷いたように見えた。


ぱあっと伊崎の表情が明るくなり、伊崎は千春の左手をとり、薬指に婚約指輪をはめた。


会場がどっと沸き、拍手と歓声に包まれた。


「おめでとう!」


「おめでとう!」


その声に俺は我に返る。


どうやら知らず知らず息を止めていたようで、俺は大きく息をついた。


自分の手のひらを見つめる。


一度はこの手で抱いたのに…。


千春は、するりと抜け出て、よりによって元の場所に戻っていってしまった。


何が足りなかったのだろう。


俺の愛は、伊崎の愛に比べ、何が劣っていたのだろう。


「アンコール!」


客席のどこかからそんな声が聞こえ、それに応じた伊崎がまたサックスを手に取る。


幸せいっぱいに微笑んだ千春がドラムの元に戻る。


あんな輝き、俺にはもう見ていられない。


千春のカウントの音が聴こえ、演奏が始まる。


「殴られ損だな…」


俺はステージに背を向け、会場を出た。


もう涙も出やしない。


さよなら、千春。


いつか分かる日がくるのだろうか。


俺がフラれた理由…。


 -終-


* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑮

専門学校のライブの日。


俺と千春のユニットは出場を辞退した。


あのあと、何度も電話を掛けたし、千春の部屋の前まで行ったこともあった。


学校ですれ違っても取り合ってもらえなくて。


手紙を書きかけたが、途中で、そんなことをする自分が情けなくなった。


結局、己自信のプライドに勝てなくて、俺は、それ以上の接触を諦めた。


千春に黙って、出場取り下げの申し込みをした。


運営部にはすぐに受理されて、すぐさま噂にもなったから、その流れで千春の耳にも入っただろう。


俺は客席の最後方で腕組みしながら、トリである伊崎たちのバンドの登場を待つ。


司会が登場を知らせた瞬間、こわくなって両目を瞑ってしまった。


俺はいつからこんなに弱い男になったのだろう。


千春のスティックがカウントを刻んだ。


コイツラらしいロックンロールな曲が続く。


なんだかんだとボーカルたちも上手くなって、千春のハンパなく巧みなドラム捌きだけが浮くようなことはなくなっている。


相変わらず、伊崎のプレイには女どもの黄色い声援が付きまとうが。


数曲の後、伊崎がマイクを受け取った。


「最後の曲はある人に向けて、僕の小さな願いです・・・」


伊崎のテナーサックスが甘い旋律を奏で始めた。


「ん?」


とてもジャジーな編曲がなされていたが、これは…?


俺は自身の耳を疑い、恐る恐る目を開けてみた。


…I Say a Little Prayer?


これは、どういう意味だい?千春。


想い出をコケにされたような気がしつつも、渋いアレンジに感嘆の思いも禁じ得ず、俺は不覚にも涙を流した。


「くっそ…、うめぇ…」


アイツに会ってから、涙もろい。


周囲に気付かれないように一生懸命涙を堪えた。


 

 どうぞあなたも私を愛してくれますように 。


  これが私の祈りです。


 

演奏を終え、伊崎は再度マイクを取り、話し始めた。


「これは、僕の気持ちです。ここにいるドラムス千春に向けて…」


どよめく客席。


ちょっと待てよ。


そりゃ、こっちの台詞なんだよ。


俺は、どうしていいか分からず、ただその光景を見ていた。


伊崎はおもむろにポケットから何かを取り出し、千春のもとへ歩いていく。


他のメンバーに促されて、戸惑った様子の千春が立ち上がり、前に出てきた。


そして、伊崎が小さな箱の蓋を千春に向けて、ゆっくり開き、見せた。


それを今度は客席に見せる。


黄色い嬌声が上がった。


この遠い席からも、それが何なのかハッキリ分かるほど、輝きを放っている。


嘘だろう?


「千春…。俺と、やり直してほしい。そして…」


客席が静まり返って、息を呑む様子が分かる。


* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑭

家に帰っても、さっきの伊崎と千春の姿がチラついてどうしようもなかった。


彼氏は俺。


彼氏は俺。


必死で言い聞かせて、自分を納得させる。


灰皿にまだ火がついた煙草が残っているのに、また新しい一本に火をつけてしまう。


何回やってるんだ。


貧乏揺すりに灰が舞う。


落ち着け。


苛々してどうしようもなかった。


練習が終わった頃に千春に電話するが出ない。


携帯も自宅も、俺の耳元で呼び出し音が空しく響き、留守電に切り替わるだけだった。


深夜零時もまわり、ウトウトしかけていた時、電話が鳴った。


俺は飛び起きて、受話器を取る。


「もしもし…、タケちゃん?」


「千春!こんな時間まで何やってたんだよ。また伊崎に引き止められたのか?」


第一声で俺はついこんなことをまくし立ててしまった。


沈黙に、しまったと焦っても後の祭りだ。


「あ…ごめん。なかなか帰ってこないから心配で…」


千春は、口を利いてくれない。


「千春?ごめん。千春、聞いてる?」


受話器の向こうで大きな溜息が聞こえた。


「男なんて、みんな一緒なのね」


そして、通話は切れた。


怖いくらいに冷たい声だった。


どうしよう。


千春を怒らせてしまった。


 何度も掛けなおしたが、千春が電話に出てくれることはなかった。


「何やってんだ、俺は!」


拳でテーブルを打ち付ける。


散々、伊崎の嫉妬に小さい男だのナンだの悪態をついてきたのに。


「車だの家柄だの背の高さだの、そんなんで女釣る男なんて情けないよな」


「高価なモノ渡せばホイホイついてくる女ばっかじゃないってこと思い知らせてやれよ」


過去に俺が千春に言った台詞を思い出して、顔から火が出そうだった。


全部、俺のコンプレックスじゃねえか。


* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑬

その夜、俺と千春は結ばれた。


なんか、恥ずかしいけど。


その最中、伊崎の顔ばっかチラついて、どうしようもなかった。


伊崎は、ここでどうするんだろう。


こんな感じで千春は悦んでくれるんだろうか。


一人で汗をかいていた気がする。


行為が終わって千春の細いしなやかな身体を抱きしめると、やっと俺だけのものになったという実感と共にまだ信じられない思いもわいてくる。


「俺…、絶対大切にするから。…伊崎よりずっとずっと…」


つい、そんな台詞が零れてしまう。


もう一度、強くギュッとしたあと、俺はゴロリとうつ伏せになって、枕元で煙草に火をつけた。


同じようにうつ伏せになった千春が細長い指を伸ばし、俺の煙草をそっと奪い取る。


千春の唇から、ゆっくりと煙が出て行く。


「煙草、吸えたんだ?」


「うん…。一応やめたけど。たまに…」


そう言って、俺の方にある灰皿に吸いかけの煙草を置いた。


たまに…のあと、何か言葉を飲み込んだような気がしたが、俺は詮索しなかった。


 

 


翌日、渡り廊下でバンドの練習に向かう伊崎と千春を見かけた。


次のライブが終わるまでとは言え、まだ一緒に行動するのかと嫉妬した。


千春の表情は硬い気がするが、隣の伊崎は嬉しそうにいろいろ話しかけている。


学内では、千春と別れたという話が公になり、他の女どもが伊崎を放っておかないらしい。


やはり金持ちで学があってルックスの良い男は違う。


というよりも女どもが現実的で浅ましいのかもしれない。


さっさとそっちで手を打てばいいのに。


なんなんだ、あの伊崎の馴れ馴れしさは。


そんな様子を目で追ってしまう自分が情けない。


立ち尽くす俺に伊崎が気付いたようだった。


わざとらしく俺を見ながら、上から千春の肩を大きく抱くと、その先を曲がっていってしまった。


「アイツ…」


でも、そこで、はたと思う。


伊崎も。


伊崎も今の俺みたいな気持ちで、千春と俺の様子を見ていたんだろうな。


少し切なくなって、俺はひとりで帰路についた。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑫

「嘘…」


俺の口をついて出たのは、そんな情けない台詞だった。


千春はニコッと笑って、俺を正面から見た。


「ホントよ」


俺、伊崎のこと怖かったのかな。


殴られたショック。


殴った衝撃。


身体が全身で覚えてて、なんかもうそういうの嫌だなって臆病になっているみたいだ。


「祥太郎とは終わりにしたから」


信じられない言葉だった。


「え?」


「大事にしてもらえるのは嬉しいことだけど…。手に入れる為に人を殴るのは、許せないなって思ったの」


真剣な顔で、千春が言う。


ハッとして、聞いてみた。


「まさか、千春も…、殴られたの?」


「ううん」


笑顔で左右に首を振る。


「あ、そう…」


安堵の溜息が出た。


「殴られてはいないけど、人道的にはちょっと外れたことをされそうになった…かな」


千春が妙な言い回しをしたが、その言葉の裏に隠された真実が急に生々しく俺の脳裏に浮かんで、カッと顔が熱くなった。


「おい、伊崎のヤツ、まさか無理矢理…」


俺の口を千春の指先が止めた。


「大丈夫。心配するようなことはなかったから」


「本当に?」


「本当に。とにかく、祥太郎と私の関係はもう終わったの。バンドは次のライブが終わるまで続けるけど、それで抜けるつもり…」


次のライブまで、あと二週間。


それまでは、まだ伊崎の手の届くところにいるんだ。


俺がよっぽど不安げな顔をしていたのか、千春がプッと噴き出した。


「そんなに信用出来ない?」


「え、いや、そんな…」


俺は、初めて弱気になっていた気がする。


人を好きになると強くなれると思ってたけど、逆だな。


俺は、不安で不安で堪らない。


千春が俺の傍にいてくれると言っているのに、気付いたら、またスルリと腕の中から逃れて行ってしまいそうで。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑪

週明け。


まだ身体は痛む。


時間が経って、顔面が青く腫れあがっていた。


気は乗らなかったが、千春と伊崎の動向が気になって、今日もちゃんと登校した。


「あれ、有野、どうしたのその顔」


「え?殴られたの?」


講義に出ると、同級生たちが興味津々の顔で、俺に声を掛けてくる。


曖昧な笑顔で誤魔化し、俺は一人で練習室に向かった。


音楽だけは、俺を癒してくれる。


そういえば、確かあの曲の楽譜が戸棚に入ってたはずだ。


俺は、様々な楽譜が収められている戸棚から、一冊取り出し、パラパラとページをめくった。


「あった」


グランドピアノに譜面を立てかけると、初見でポロポロと音を奏でる。


心地よい和音に酔いしれた。


弾いても、気持ちのいい曲だ。


その時の俺は、あまりに没頭しすぎて、ドアが開いたことにすら気付かなかった。


弾き終えて、突然拍手をされたので、心臓が飛び上がるほどビックリした。


振り返ると


「小さな願い…だね。この間の映画の…」


俺は目を疑った。


「千春…」


「ごめんね、タケちゃん」


そう言って、グランドピアノに近づいてくる千春。


俺は、傷だらけの顔を見られるのが恥ずかしくて、椅子に座ったまま顔を背けた。


すっと顔の前を千春の右手が伸びて。


俺の身体は、ふわりと柔らかい香りに包まれた。


「ちは…」


千春の腕にギュっと力が入る。


「ごめんね…。痛かったよね…」


俺の髪をそっと撫でる千春の手。


優しく、力強く、まるで女神様にでも抱きしめられているような、そんな感覚。


あまりにも心が安らいだものだから、不覚にも涙を零してしまった。


千春の腕に落ちていく雫。


「千春、俺…」


「言わないの」


千春は、俺が泣き止むまで、そのままでいてくれた。


どれだけの時が流れたのだろう。


俺の呼吸が正常に戻った頃。


耳に心地よく響いた千春の声。


「私、タケちゃんのことが大好きよ」


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑩

通報スレスレだった。


通りすがりの人々が騒ぎ始め、まずいと判断した伊崎が強引に千春をソアラに乗せると俺の前から去っていった。


暗いウインドウ越しの千春の眼差しが忘れられない。


アスファルトに尻餅をついたままの俺。


視線だけが絡み合う。


哀しげな表情。


千春を乗せた車は、みるみるうちに離れていった。


「大丈夫ですか…」


親切な人が俺を起こしてくれようと、手を差し伸べてくれた。


だが、あまりにバツが悪くて、俺は下を向いたままそれを手で制した。


「すんません…」


消え入りそうなくらい小さな声で頭を下げ、自力で立ち上がると、俺は渋谷の駅とは反対方向に小走りで歩いていった。


人々の視線が背中に痛かった。


耐え切れなくなって、俺の目から涙が溢れた。


慌てて、近くの狭い路地に身を隠した。


嗚咽を堪えると、肺が痛い。


壁に背もたれ、震える手で煙草に火をつけた。


深く、深く、煙を吸い込むと、少しホッとした。


脚の力が抜けて、ズルズルと腰を降ろした。


「いってえな、伊崎の野郎…」


切れた唇に煙が沁みる。


鉄の味が混じって、あんまり美味くないな。


久しぶりに泣いた。


痛い。


痛いけど。


こんな傷、くそくらえだ。


なあ、千春。


俺、心に何かが突き刺さったみたいに苦しいよ。


やっぱり、伊崎のところに戻っちゃうのかな。


千春に近づけたと思っていたのは、俺の錯覚だったのかな。


今、千春は伊崎に責められているのだろうか。


女には手を挙げないだろうけど…、心配だ。


今後、伊崎のガードは固くなるだろう。


まさか、もう会えないなんてことにはならないといいけど…。


視界が霞んでいる。


俺の身体は、鉛のように重くなり、地面に沈みこむような錯覚に陥った。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑨

千春の腕を掴んでいた俺の手に力が入った。


「いっ…」


千春が顔をしかめ、俺は怯んで腕を離した。


「ごめ…」


「オイ」


近づいてきた伊崎が俺の肩を強く圧した。


俺の片足が後ろに一歩下がる。


伊崎の顔面が俺の顔スレスレに寄って、思わずそむけてしまった。


「誰の許可とって、人の女とデートしてんだよ?」


伊崎の言葉にカチンときて、俺はそむけていた顔を元に戻した。


「ああ?」


「…んだ、コラ」


至近距離での睨み合いが続く。


「ちょっと、やめてよ」


千春が俺の服と伊崎の服を両方引っ張る。


「千春は、俺の恋人なんだよ。あんまり目に余ることしてほしくないね」


歯を食いしばりながら、伊崎が言う。


俺より背の高い伊崎に気圧されない様に踏ん張った。


「人の心は変わんだよ!誰と一緒にいようが千春の勝手だろうが」


「心変わりしたって言うのかよ」


その問いに俺はちょっと自信がなかったが、勢いで頷いた。


「ああ。千春は俺と付き合う」


「ちょ…、タケちゃんっ!」


千春が慌てている。


「へーえ。この千春を見ると、そんな感じはしねえけどな」


伊崎のこめかみがピクピクと青筋だったかと思うと、俺の視界に火花が散った。


よく分からずに、突然襲った衝撃に耐え切れず、俺は尻餅をついた。


 ―― あ、殴られた?


頬にジリジリとした熱さを感じて、思わず拳でぬぐうと、手の甲が赤く染まった。


「…血…」


その瞬間、俺の頭は完全に冷静さを失って、フラリと立ち上がると雄叫びをあげて、伊崎に殴りかかっていた。


景色に色はなかった。


音も聞こえない。


自分が振り上げる拳も、目の前にいる伊崎も、悲鳴をあげる千春も。


みんな、スローモーションだった。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑧

ある日、俺と千春は気晴らしに出掛けようということになり、渋谷まで繰り出した。


二人で専門学校周辺以外の場所で会うのは実は初めてだった。


千春も心を許し、俺にも遠慮がなくなったってことだ。


事実上のデートだと思ってもらっていい。


「映画でも観ようか」


「うーん、でも今からだと帰りが遅くなっちゃうなあ」


千春は腕時計に目を落としながら少し渋っていたが、映画館の前でポスターを見た途端、


「あ、これ観たかったの!」


と笑顔になった。


ジュリア・ロバーツ主演のベスト・フレンズ・ウェディング。


俺には少々甘すぎたが、まあ千春が観たいっていうなら良しとしよう。


【小さな願い-I Say a Little Prayer-】はやっぱり名曲だな。


ちょっと歌詞にグッときた。


千春も印象に残ったみたいで、鼻歌で「Forever,and ever…」とやっている。


ほんわかした気持ちで二人並んで映画館を出ると、千春の足がパタと止まった。


気付いて、振り返る。


「どうしたの?」


固まっている千春の視線の先に目を遣ると、ソアラが停まっていた。


「あ…」


運転席のドアが開き、降りてきたのは、伊崎である。


こちらには来ず、車越しに立って、こちらを見ている。


「千春姫、お迎えに上がりました」


伊崎がおどけた。


が、目は笑っていない。


「…祥太郎。なんで…」


千春の様子から、今日俺と一緒にここにいるということは知らせていなかったようだ。


俺も覚悟を決めた。


伊崎のもとに行くべく一歩踏み出そうとした千春の腕を掴んだ。


「!?」


ビックリして俺を見る千春。


俺は真剣な表情で千春の目を見つめると、「行くな」と強く念じた。


「タケ…ちゃ」


千春はおどおどして、伊崎の顔を見ると、また俺に顔を戻す。


バタンと車のドアが閉まる音がして、伊崎がガードレールを越えた。


こちらにやってくる。


俺は、じっと伊崎を睨んだ。


「おい、有野。千春困ってるだろう。腕、離せよ」


そう言いながら、俺に近づいてきた。


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑦

俺の勘違いだと思うかい。


いや、絶対に脈はあるんだ。


もし最初から恋愛という土俵に立てないのであれば、例え音楽では一緒にやっていきたいと思ったとしても、俺を拒絶するだろう。


その気が無いのなら、あんなに簡単にキスだって許さないと思わないか。


自分のことを好きな男と長い時間なんか過ごせないのが普通だろ。


将来はプロを目指しているにしても、今はまだ仕事でもなんでもない、趣味の域なんだから。


いくらでも選択肢はある。


だけど、千春は俺のもとを去らない。


二人で曲を作り、アレンジし、練習し、着々と目標のライブに向けて頑張っている。


伊崎が内心、気が気じゃない様が手に取るように分かるよ。


俺に奪われるんじゃないかと戦々恐々としている。


遅いよ。


俺は、もう半分以上、千春の心を捉えていると思う。


勝負は、ライブが終わったら…。


千春は、伊崎のもとに戻るだろうか。


それとも、俺のもとに留まるだろうか。


 TREEE,TREEE…


俺は、大体決まった時間に、千春に電話を掛ける。


その時、千春はすぐに受話器を取らない。


なぜなら、伊崎と話し中だから。


俺は、わざと伊崎と千春が電話中の時間にキャッチホンで割り込む。


千春は、俺のコールを気付かないフリなんかしない。


でも、俺が先に電話してて、伊崎が掛けてくるとさ、…ククク。


笑っちゃうよ。


だって、言うんだぜ。


「あ、キャッチ。祥太郎からだろうなー。でも、いいや、無視しちゃおう」


ミジメ~。


これって、優先順位、俺のが上ってことでしょ?


だから、俺はいつも言う。


「もうアイツとは別れて、俺のとこ来いって。早く言ってやんないと可哀相だよ」


それなのに、必ず変な空白が生じるんだ。


「…それは、まだ…、出来ない、かな」


千春はそう呟く。


「すぐは、捨てられないよ…」


情の深い女。


それとも、俺が遊ばれている???


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* 第二十三話 * ~毅の場合~ ⑥

コンコン。


練習室のドアを叩く音がして、俺と千春は慌てて距離をとる。


「おーい」


ドアの向こうには伊崎がいた。


千春の表情が一瞬にして強張る。


だが、ドアにある窓は摺りガラスだ。


おそらく、向こう側からこちらの詳しい様子は分からないだろう。


大丈夫、バレてない。


「はーい」


俺は能天気にそう言って、ドアを開けた。


「ああ、伊崎君」


「よう。進んでる?」


伊崎は、ドアの上部に片手を引っ掛け、部屋に顔だけ突っ込むと千春に「時間だぞ」と声を掛ける。


「あれ、今日はそっちの練習もあるんだったっけ?ゴメンゴメン」


「うん、タケちゃん、ごめんね。言ってなかったね」


千春がごそごそとバッグに資料とスティックを詰め込んだ。


伊崎が不審げな声を出す。


「今日は、何やってたの?」


「新曲の作詞のツメよ」


「へえ、ちょっと見せてよ」


伊崎が部屋に入ってきて、床に落ちていた紙を拾った。


「これ?」


ざっと詞に目を通す。


伊崎の眉間に皺が寄った。


「有野が書いたの?なかなか過激な歌詞作るんじゃん」


視線は紙から動かさなかった。


伊崎の心中は、俺にも手に取るようにわかった。


「ふん、いつも女が歌ってるから、アイドルっぽい曲しか作れないのかと思ってたよ。案外、骨あるんだな」


口の端を歪めた。


「もしもし、千春さんよ?お前、次のライブが終わったら、コイツと手を切るんだろう?」


「え?」


「有野も男だからさ。あんまり長いこと密室で二人きりでいられても、俺、いい気しないぜ」


口調はおちゃらけていたが、目は笑っていなかった。


「やあね、変な冗談言わないでよ。祥太郎ったら」


俺はチラっと千春を見た。


笑ってはいたが、完全に動揺している風に見えた。


「どうしちゃったのさ?伊崎君が心配するようなことなんもねえし。自信持てよ」


俺はわざと少しだけ挑発的な物言いをした。


伊崎は、一瞬ハッとした顔をしたが、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻った。


「わかってるよ。千春は大丈夫だけど、お前がさ。こんな歌詞書くようじゃ…、心配もするだろ」


「書き直したほうがいいかな」


俺は正面切って伊崎を見つめた。


「いやぁ。いいんじゃないの?じゃ、お疲れな。千春、行くぞー」


伊崎は先にドアを出た。


後に続く千春は、俺を横目で見て、すまなそうな表情を見せた。


俺は笑顔で軽く顔を横に振った。


「お疲れ様。また明後日、よろしくね」


俺は、廊下を行く二人の背中を見送った。


不思議とあれほどお似合いだった二人が不釣合いに見える。


伊崎、男の嫉妬はみっともないぜ。


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プロフィール

香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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