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* 第十壱話 * ~杏子の場合~ ⑮終

杏子が手首を切った日から、もう一ヶ月が経とうとしていた。


その間、杏子は有野と同じサークルから抜け、斉藤や芳野と同じバイトも辞めた。


お正月には家族水入らずで旅行に行った。


成人の日には大雪が降り、なんとその日に子犬が届いた。


白く積もった庭をコロコロと転がるように走り回る。


全て、父の計らいだった。


父の気遣いや、様々な癒しに、杏子の左手首の傷も日に日に良くなっていく。


冷えたり、逆に温まりすぎてもズキズキと痛む。


だが、確実に傷は塞がっていった。


それよりも緩やかな速度ではあったが、心の傷も少しずつ癒えていった。


今は、両親にこれ以上の心配を掛けないように過ごすのが先決だった。


冬休みも終わり、大学にも顔を出す。


どこからか噂を聞きつけた友人たちの目線がどことなく手首方向に行くのが辛かったが、何事もなかったかのように過ごした。





ある日、大学から帰宅すると、杏子宛の手紙が一通届いていた。


差出人は不明。


ただ、確かにこの文字に見覚えはあった。


心臓がギュンっと飛び上がる。


急いで、階段を駆け上がり、部屋に入る。


机の上からハサミを取ると、恐る恐る封を切った。


中にはチケットが一枚と手紙が入っていた。


『元気ですか?』


最初に、そう書いてあった。


紛れもなく有野の筆跡だった。


…同じ専門学校の連中と組んでるバンドの初ライブが決定しました。


…キョンには、たくさん応援してもらってたから、なんとか都合つけて、観に来て欲しいと思う。


…勝手なのは分かってるけど。


…離れてみて分かったことがある。


…俺には、お前が必要だってこと。


…恋人として好きってそういうんじゃないけど。


…人間として、大事に思ってる。


…俺が倒れそうな時はお前に支えて欲しいし、お前が倒れそうな時は俺が支える。


…そういう気持ちでいます。


…有野 毅。


杏子は、便箋をくしゃっと握りつぶした。


 ― 毅は…、いつもこうやって私を苦しめるんだ。


悔しさでいっぱいだった。


息苦しい。


いつも、こういう有野に振り回されてきた。


杏子は、この一ヶ月、一生懸命忘れる努力をしてきた。


頑張って、頑張って、一日、一日を過ごしてきた。


だけど、その努力を有野は一発で無にするのだ。


ここで、会ってしまったら、また同じことの繰り返しになる。


杏子にはそれがよく分かっている。


「こんなこと…、恋愛感情のある相手に言う台詞じゃないよ…」


杏子は机に突っ伏して考えた。


大好きな有野への門扉が今、一瞬開かれているかのように見える。


だが、そちらへ足を踏み入れようとした時、門前払いをされるのだ。


また同じように傷つくのはごめんだと頭では分かっているのに…。


身体を起こし、深く深く、ゆっくりと呼吸をした。


そして杏子は、チケットを大事そうに、手帖に挟んだのだった。




 -終-



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Comment

小町 | URL | 2009.01.30 20:33 | Edit
あ~、杏子ちゃんあなたの選択は...
そんなことで死んだりしたらだめよ~。
これで死ななきゃいけないなら、私は一体何回死ななければ
いけないのだろう。
でも世の中にはこんなにも繊細な人達がいるんだよな。
でもお母さん、みっともないってそりゃないよー。

香月 瞬 | URL | 2009.02.04 15:07
何回死ななければ…(笑)。
本当ですよね。
生き恥、たくさんかいてます…。
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香月 瞬

Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。

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