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恋愛小説短編集。
「大丈夫?」
正和に声を掛けられハッとした。
久美と正和はプリンスホテルの最上階にあるバーラウンジにいた。
「辛いことがあったんやね」
酒に弱いくせに、少し過ぎたようだ。
喋りすぎた。
「あ、ごめんなさい、酔ったみたい…」
「沙綺、店でも飲んでないよな。酒、苦手?」
「うん…、強くない」
正和に最初についてから二週間が経っていた。
正和は滅多に店には来ない。
初日以降、来たのは一度だけ。
つまり、一般的にいう上客ではなかった。
久美は、自分自身、キャバクラ勤めは向いていないなと感じていた。
他の女の子のように、上手に客をあしらえない。
酒もほとんど飲まないし、真面目さが前面に出てしまっているので、客も興覚めするようだ。
二度目に正和が来たときに、休日に会う約束をした。
本来、個人的に会うことは控えた方がよかった。
同伴やアフターならともかく、今日は完全にプライベートだ。
元々、男性と出会いたかっただけの久美は、その辺り曖昧だった。
他の客でも、この人はいい人だと感じた客に何度か電話したことがある。
久美は営業のつもりはなく、単純に話をしたかったので電話をしたのだが、店での態度とは裏腹に彼は久美からの電話に出ることはなかった。
また、No.1の彼女のテーブルにヘルプについた時、客からのプライベートな質問にも平気で真実を答えていた。
No.1の彼女は久美を裏で叱った。
「ダメだよ、あいつらに本当のことなんか言ったら」
そんな経験をしながら、だんだんキャバクラというものを知っていった。
久美は甘かった。
ズルくなれなかった。
どんなに男の顔を金に見立てようとしても、やっぱり男は男で、久美は何か違うものを求めてしまっていた。
いわゆるプロ意識が持てず、相変わらず指名客は取れなかった。
あとから入った女の子に、どんどん成績は抜かされる。
最初は構ってくれていたマネージャーたちも、あまり久美に話しかけてこなくなった。
潮時かなと、久美も感じていた。
目の前にいる正和も、久美のそんな雰囲気を感じ取って、店には来ないのだろう。
わざわざ店で大金を落とさなくても、来る女。
「部屋…、一応とってあるんだ。奮発してスイート」
久美は虚ろな目で正和を見た。
「でも、今の話と同じになっちゃうかな。俺にだって妻も娘もいる…」
― ズルい男。
「帰る」
久美が立ち上がった瞬間、世界がグルリと回った。
慌てて正和が支える。
「ホント、弱いんだなー。こんなんじゃ何も出来ないよ。とりあえず部屋で横になれよ」
笑った正和は優しかった。
心が少し溶けた気がした。
久美は、正和に案内されるまま、部屋に向かった。
「わあ…っ」
部屋に入ると、全面に広がった夜景が目に入った。
ベイブリッジが光っている。
真っ黒な空には、点、点と星が佇んでいた。
「こんな部屋、初めて…」
「会社の関係でさ、こっそり用意してもらったんだ、スイートルーム」
二人は窓辺に立った。
「少し、酔いが醒めるまでいればいい。帰りたくなったら、夜中でもちゃんと送るから」
正和は外を眺めながら、そう言った。
「俺、風呂入っちゃおうかなー。広いんだよ。ジャグジーもついて…」
明るくそう言って、間をもたせようとしているのが伝わった。
久美は思わず、噴き出した。
「やっと、笑ってくれた」
正和がホッとした表情を見せた。
「出身が関西だからかなー、笑ってもらわれへんと辛いのよ~」
上着を脱いで、ソファにひっかけた。
「風呂、入ってくるね。せっかくだし」
ひとり部屋に残された久美はキングサイズのベッドに腰掛けて少し考えた。
― 繰り返してるな…。
失恋の痛手を忘れるために無理矢理勤めたキャバクラだったが、傷口は広がるばかりだった。
たまにこうやって優しい男に出会える。
一晩でもいい、慰めてもらえるなら。
身体だけでもいい、今は誰かに愛されたい。
こういうことを久美は望んでいたのかもしれない。
これ以上、甘えちゃいけないのに。
このままでは、何度も同じ過ちを繰り返してしまう。
キャバクラで男と出会おうなんていうのが間違っていたのだ。
どうせ成績の悪い久美には大してお金にもならない。
担当マネージャーの伊達だって、久美にはもう期待していない。
このまま続けても、また何人もの浮気性の妻子持ちと出会って、過去を思い出すばかりだ。
反省しなければいけないのに、前科が増えるだけ。
「これが…、最後…」
矛盾した気持ちのままで、久美は一糸纏わぬ姿になると、正和のいるバスルームへと入っていった。
-終-
Author:香月 瞬
短編小説を主に、様々な恋路を綴ってまいります。
友達のコイバナを聞くようなつもりで読んでいただけると嬉しいです。