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働き始めて一週間。
まったく似合わないJ&Rの白いスーツに身を包んだ久美は、ヘルプとして、仕事を覚えるのに必死だった。
来るのは常連客が多い。
つまり、既に指名をする女の子が決まっている客。
指名を奪うのはご法度である。
名刺を渡すことさえ、気を遣う。
酔った客に「あれ、こんな子入ったの~?お前よりタイプだなあ」等と、先輩の女の子の前で言われ、えらく睨まれたり、足を踏まれたりもした。
仲間を連れてきたサラリーマン集団や初めての客に的を絞りたいが、店側も売り上げに貢献できる人気の女の子を優先的に配置したりするので、久美が入り込む隙はなかなかなかった。
テーブルに来たマネージャーたちが久美に向けた右手をクイっと上に上げたら、その席を立ち、次の席に移らねばならない。
まるで、操り人形のようである。
少し人見知りする久美はこの動きについていくだけで精一杯で、次の席、次の席で、なかなか打ち解けられず、うまく客を取れなかった。
「沙綺さん」
今夜もまたマネージャーの指先に翻弄されていた。
さっきまで30代半ばくらいの大柄な男性4名の新規グループについて、大分慣れて、自分も楽しくなってきた頃に、No.1待ちの一人客のもとへ移動させられた。
この人はNo.1の子以外とは親しく口を利きませんという態度を貫いていて、話し掛けてもほぼ無視。
視線はずっとNo.1の彼女のテーブル。
目の奥は嫉妬でいっぱい。
「お前なんか呼んでいない」だの暴言を吐く。
久美は場を保つのに四苦八苦していた。
それを先程のテーブルの男性の一人が見ていたらしい。
「沙綺さん。さっきのテーブルのお客さまから場内指名入ったよ。あの、背の高い人たちの…」
天の声だった。
久美にとって、初めての指名。
喜び勇んで、席を立った。
「沙綺です、ご指名ありがとうございまぁす」
久美は、やや長身の男性の前へ行き、両膝を軽く曲げて挨拶した。
「待ってたよ~。なかなか戻ってこられなそうやったから、呼んじゃった」
そう言う客の隣にホッと腰を下ろした。
「助かりました」
久美は小声で伝えると、水割りのお代わりを作った。
「お名刺、頂けますか?」
久美は、その客の連絡先を聞いた。
記念すべき、久美の客第一号である。
「奥…正和さん、まあくんて呼んでいいですかぁ」
久美は安易なことを言った。
「あれ、この会社って結構有名…」
「そ、バレーでね」
「まさか、皆さんのこの身長は?」
「そう、俺ら、実業団の選手なの」
おどけながら答えた。
「年とっちゃったから、ベンチ温めてる方が多くなっちゃったけどね」
正和はとても優しい笑顔で久美に話し掛けてくれた。
このバイトを始めて、やっと心からの笑顔を返せた瞬間だった。
― 私、スポーツマンに縁があるのかな。
久美はそんなことを感じた。
そう、半年前に終わった彼も元高校球児だと言っていたっけ。
グラスの水滴を拭き、正和のコースターの上に戻す。
久美は自然と正和に寄り添い、安堵のため息をついた。
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